小手川 ゆあ  集英社
おっとり捜査
→ ネタバレコメント



STORY

『おっとり捜査』とは、美少女モデル連続殺人事件において、その次のターゲットと目された久保みずほを対象に、「おとり」捜査を展開していくところから始まる。
後々彼女がこのシリーズ全般を通して、主人公秋葉辰也に助けられたり助けたり……とサポート的な役割を果たすことになる。
主人公である久我山署の刑事、秋葉辰也が警察機構の中で異端的な存在にあるのは、日本史上最悪の連続殺人者を逮捕したからなのだろう。
秋葉が兄のように慕っていた同僚はその実中学生以来計36名をその手にかけていた殺人鬼だったのだ。あまりに大きな犯罪規模、その目を覆いたくなるような手口に一種の犯罪カリスマ的な存在となった元警視庁監察医、橘 圭吾の唯一とも言える友人が秋葉だったのである。

冒頭ではすでに秋葉と橘の死闘は終わり、一時の終結を向かえ橘は牢獄の中にいた。そのため、秋葉はもう一人の英雄として犯罪史に名を残すこととなった。
ゆえに、橘を敬愛したり、英雄視したり、橘を越えたい犯罪者たちにとって、秋葉への挑戦は橘への挑戦ということになる。犯罪者から指名されて挑戦を受ける事件も勃発するほどの……。

しかも敵は犯罪者だけにとどまらない。橘の一番の友人として刑事として犯罪の深淵を共に見てきた秋葉が果たして白であるのか黒であるのか……警察内部からも疑問視する声が上がるのだ。

そして、とある事件をきっかけに秋葉達は意外な方向に導かれることになる。それは、殺人鬼橘の脱走から始まって……。









CHARACTERS


 あきば  たつや
秋葉 辰也
主人公。久我山署に勤務する刑事。
いつもは飄々として、ただの明るい兄ちゃんだが死体を見ながら食事も出来るなかなかに肝の据わった刑事。心情を表に出すことは少ない。機転と行動が素早く、難事件であっても冷静さを欠かさない。
好物は「みかりん堂」のタイヤキ。母親と兄を交通事故で亡くしていて、今では複雑な家庭環境にはある。
「オレはあんたを救いたいよ、先生」

 くぼ
久保 みずほ
一応ヒロイン(笑)
登場したての頃は、素直でおとなしいかんじだったが、秋葉によって様々な事件に巻き込まれたためかなり強い精神の持ち主になってしまっていた。
逆に「犯人引き寄せフェロモン」を放出し、数多な事件に巻き込まれている節もある。母子家庭。
「渡るのよ!助けがなきゃ何も出来ないの?私達には戦うことは出来ないけどやれることはあるんだから!!」

たちばな けいご
橘 圭吾
元警視庁監察医で、その実日本史上最悪の連続殺人者。
秋葉の友人であり、兄のような存在だった。彼に逮捕されてのちも面会に来た秋葉に対して、刻々と人の心の闇の部分について語る。彼が最も気にかけている存在が秋葉であり、それ以外は目にもとめない。
弟を水難事故で亡くしている。
「辰也。お前がどんな顔で死ぬのか……とても楽しみだよ」

 さなだ  あきひと
真田 昭人
3巻から登場する秋葉の良き理解者で俗に言う『心理捜査官』。
医大の博士過程を修了したのちにT種キャリアで警視庁に入った変わり者。犯罪心理学を研究する科警研に所属する。よって心理分析はお手の物。
のほほんとして登場するたびにダンディズムを披露していくお茶目な性格を持っている。秋葉を高く評価していてなにかと世話を焼いてくれたりもする。妻帯者。階級は、警視。
「……キミにもカウンセリングが必要かな?秋葉君」

あんどう
安堂 さくや
元秋葉の相棒で現在は六本木署の暴力団対策課に所属。橘に関係する多数の死傷者を出した事件にも関っていた。
姉御肌で、腕も立つ。秋葉の理解者でもある。元南関東鬼束組の組長の彼女出会ったせいか、裏の情報には結構精通しているようだ。
「秋葉、泣きたいなら胸を貸そうか?」

 くろさき  ゆりこ
黒崎 百合子
本庁捜査一課火災班に所属。
「連続爆弾魔END」の事件で秋葉とともに捜査に加わる女性刑事。
何事にも動じない無表情な感じはまるでマネキンのよう……らしい。
何事に対しても執着を感じさせない立ち振る舞いは、彼女の両親がENDの起こした火災によって亡くなっているからであり、彼女自身復讐心を胸の内に秘めていたからとも思われる。彼女の復讐は秋葉によって新たな道へと導かれることにより解決した。
現在は、真田警視の科警研に所属する。階級は、警部。
「軽くなったの。あなたが胸の上の爆弾を蹴り飛ばしたときのように、ね」

 
collection of words ネタバレ有
「秋葉か、久しぶりだな。……前にお前が来た時、私は自分が見た夢の話しをしただろう?今度はお前の夢の話をゆっくり聞きたいね」
秋葉 「つい、この間、見た夢だ。オレが橘先生の仕事場に夜遅く遊びに行って解剖が終ったんならメシでも食いに行こうって誘うんだが……」
「よくそうやって二人でウロついたな」
秋葉 「ところが、あんたは『じゃあ3人で行こう』っていうんだ。振り返ると解剖後のまだ片付いていない遺体が勝手に起きあがってるんだ。それに驚いている俺をあんたは後ろから……」
「髪をひっつかんで押さえつけるんだろう?死体の腐った腹の上に顔を押し付けて……」
秋葉 「当たり。なんでわかったんだ、先生。そんで、その後メスで首をかき切られそうになるところで目が覚めた」
「ふふ……。前に一度、私が同じことをお前にしたじゃないか。『心因性健忘症』だな……辰也」
独房での再会。昔は友人であった人間との対面。日本史上最悪の殺人鬼と死闘を繰り広げた秋秋葉。そして……。

井部 「気分が悪ぃ……。あんた本当にあんなのとわたりあったのか?あれは絶対悪だ。あんな目をした人間に俺は会ったことがない」
秋葉 「良い奴でしたよ。殺人鬼とわかる前の橘は……。オレにとっては優しくて頼り甲斐のある兄のような存在だった。どんな化物よりも人間が一番恐ろしい。外見なんかいくらでもつくろえる。心の中がどんな形をしているのかなんて見ただけじゃあわからないんだから」
ファンキーこと井部と事件の参考を聞きに橘と面会した直後の会話。今まで親しかった人間が一瞬にして豹変するのだ。

「辰也……お前がどんな顔で死ぬのか。とても楽しみだよ」
ニヤリ……と笑みを浮かべる橘。その顔は本当に楽しげに微笑む。
真田 「秋葉くん……いいな、情に流されるなよ。少しでも危険だと感じたら容赦なく撃て!自分の身を守るんだ。責任は僕が取る。自分が1人だとは思うな」
秋葉 「……わかりました」
みずほちゃん救出のために向かう秋葉。負傷した真田の言葉が犯人との対峙する緊張感を見せつける。

END 「あんたが一番恐ろしかったのは?」
秋葉 「……ガキのころ、犬に噛まれたこと……かな」
END 「真面目に答えろ」
秋葉 「オレが一番恐ろしかったことは橘に殺されそうになった時だ。体を刃物で何度も切りつけられた。……だから、なんでそんな事聞くのか言えよ」
END 「オレが本当に恐ろしかったのは、焼け死にそうになった時だ。炎ってのはすごい。何もかもを飲み込む生き物だ。……ガキの頃の話だ。両親が焼け死ぬのを見た。そこには救ってくれる神なんていやしなかったよ。ただ圧倒的に強い力……炎の力だけが俺の前にあった」
秋葉 「そんな体験をした人間が、よくまぁ、放火や爆破なんぞできるなぁ。炎を見るものイヤなんじゃないのか?トラウマってやつで」
END 「それがまぁ、普通だろうな。だが、オレは違った。炎に対する恐怖はおろか日常の全てで怖いって感覚を持たなくなっちまったんだ。……あんたもそうじゃないのか?橘の事件以来、どんな犯罪者と対面しても本当の恐怖を抱かなくなったんだろ?オレ達は仲間なんだよ、秋葉刑事。『無恐怖症』ってやつだ」
連続爆発魔END、彼の秋葉への挑戦も凶悪犯橘を逮捕した刑事だからという理由で……。

END 「てめぇ、卑怯だぞ。最後まで勝負しろ!!」
秋葉 「勝負ねぇ……。勝負で言ったら最初から俺の負けなんだよ」
END 「何!?」
秋葉 「オレは警察官だから、犯罪が起きた時点でもう手遅れだし、人が殺された時点でそれを防げなかったんだから警察官としては、もう負けてるの」
警察官としての誇りは常に秋葉の心強い基盤になっている。守りたい人がいる……だから犯罪と戦うのだ。

秋葉 「どうして殺したんだ?」
「明確な動機などない。その都度些細な理由は存在する。歩いていて肩がぶつかったとか偶然エレベーターで二人きりになったとか……些細な事だ」
秋葉 「あんたは些細な事で人を殺したのか?」
「人を殺したいという気持ちがいつも心の中にある。だが、そんなにたいした割合は占めていなかった。心から命を奪いたいと切望したのは、ごく少数だよ、辰也。その中にお前も含まれる」
秋葉 「そいつは、光栄なこった」
心から……と告げる橘。殺人という手段に彼が何を思っているのか。狂気の中に渦巻くものを必死に見つけようとする秋葉がかっこいい。

「辰也……死にたくなければナイフは抜くな。失血死する」
秋葉 「せ……」
「時間がない。続きはまたにしよう」
橘逃亡時。署二階で幾人もの刑事を殺害し逃亡する橘のナイフは、もみ合いの末秋葉の腹部へと突き刺さった。逃げる橘から発されたセリフは意外でもあり、納得もできる。

公紀 「刑事ってのは負け続けだ。勝ちのない仕事だ……どんなに努力しても犯罪を食い止めることすらできねぇ。それをオレは誇りに思えなかった。オレは腐って……そういうやり方でしか刑事を続けていけなかった。――お前は辛くないのか?」
秋葉 「自分には負けたくないんだ。自分の弱さには負けたくない。だから続けるしかないんだよ。意地張ってるガキと一緒なんだ。オレは自分の弱さをしっているから強くありたいんだよ」
犯人に仕立てられ逃亡中の秋葉を庇ったのは橘逮捕当時の同僚。彼らはほとんどが死亡したり怪我のために刑事を続けることができなくなっていた。

さくや 「泣きたいなら、胸貸すわよ」
秋葉 「――― 前から思ってたんだけど、さくやがそう言う時ってさ。ホントは自分が泣きたいんだろ?」
さくや 「意地の悪い事言うじゃない……」
唯一今刑事を続けている生き残り、さくや。○暴対策課の凄腕女性刑事。そして事件当時の秋葉の相棒だった。

真田 「自分が誰だかわかったら事件について話す?……それはだなー、追いかけられたいんだろうな」
秋葉 「追いかけられたい?」
真田 「つまり、彼は今まで世の中では日陰の存在で自分を特別に扱ってくれる人が誰もいなくて誰かにとっての特別な存在になりたいんだよ」
死んだはずの人間。終っていたはずの生。生き残った青年が何を求めているのか。