ALIVE AGAIN
「……そう焦らずとも、奴等はオレ達を放っておくまいよ」
そう告げたハインリヒの表情は、少しばかり自嘲気味に見えた。
コズミ博士の家にやってきたのは数日前のこと。ギルモア博士の親しい友人であり、生理学においては世界的権威の持ち主である初老の人物は、それを感じさせないやわらかな笑顔の持ち主だった。
到着して間もない折は緊張と疲労に張り詰めていたが、それも今は薄い。それぞれがそれぞれの思ったことを何事もない平穏な時間を過ごしている。……今までのことが夢だと思えるほど、何もない刻が。
「――――日本。ここは日本なのか」
誰に告げるだけでもなく、ぽつりと呟きジョーは眼前に広がる海を見渡す。水平線が広がり、どこまでも続く青い海。今はやや傾きかけた陽光に青から朱へと変貌し様としている。
何も変わらない波間を見つめて、ジョーは拳を握り締めた。
ここ数日に起こった出来事は、あまりにも現実とかけ離れていて思考の収集がつかない。今もなお頭の中はごちゃごちゃでパニックを起こし、何が何だかよく理解できない。この握る拳の感覚も、肌に感じる風の冷たさも、何もかもが生身に感じていた時と変わらない。何が違っていると言うのか?
(……この感覚までもが、『作り物』なのか?)
普通の人間ではないというのだろうか?――――これは、夢?
そして、戦わなくてはならない。ブラック・ゴーストという『死の商人』、巨大な組織と。
「生きるために…………戦う、か」
何のために……?
誰のために……?
「……何を考えている?」
ふと、声をかけられてジョーは顔を向けた。考え事に没頭していたせいか、気配すら感じなかったことに自分自身が驚いた面持ちで。
黒のハイネックに身を包み、プラチナブロンドの髪を持ち、わずかに首を傾げそこに立っていたのは自分と同じ00ナンバーサイボーグ。004ことアルベルト・ハインリヒだった。
「…………ボク達が戦う『意味』ってなんなんだ?」
気がついた時には、義務付けられていた。目が覚めた瞬間から戦わなければならなかった。……それは、自分のために?
ジョーの問いにハインリヒはかすかだが目を見開いた。00ナンバーサイボーグとして最後に目覚めたジョーの戸惑いをひしひしと感じているのだろう。
「―――意味、か。そいつは難しいな」
わずかに間を空けて、発せられた声音は穏やかなものだった。明確な答えが返って来るとジョー自身も思っていないのか、「そうか」と言葉を零す。
戦うことに理由をつけられるはずはない。誰も好きで戦うわけではないはずだ。だが、ハインリヒはそんなジョーの様子をみながら言葉を続ける。
「………だが、オレが戦う意味はある」
「え?」
告げられたセリフにジョーは面食らって間の抜けた声だけが周囲に届いた。自分の言葉の真意を取り損ねて目を瞬かせるジョーにハインリヒはかすかな笑みを浮かべる。
「その『意味』が皆と同じだとは言えない。もちろんジョー、お前ともな」
「……みんながみんな、意味を持っていると?」
ますます大きく見開かれたジョーの瞳にハインリヒは小さく頷く。
まったく同じ理由でブラック・ゴーストに敵対したわけではないかもしれない。意に反して改造されてしまったと不運を嘆くよりも先にしなければならないことをみんなが持っていたから、だからこうして今、日本の大地に立っているのだ。
「そう言うことだ。オレの持つ『意味』が皆の理由になっているとは思わない。だが、共通点の一つなんだとオレは信じたい」
各々に思うところはある。だからこそ鎖を断ち切り、絆へ変えようとしているのではないか。
「共通点……」
「そうだ。それぞれの理由はオレにもわからない。けれどこうして一緒に反旗を翻した。それに呼応する意志があったのは確かだろう?」
「それはそうだけど……」
「戦うための『理由』……そう容易く割りれるものじゃない。だから今はそれでいいじゃないか。結論を導き出すにはまだまだ時間がかかる。だが、時間をかけて導き出した理由こそ、ジョー……お前だけの『意味』になるはずだ」
ポンポン……とあやすようにジョーの頭を撫でハインリヒは静かな声で告げる。
「ボクだけの……意味」
誰しも迷う答えだ。いきなり目が覚めれば頼みもしない手術によって改造され、サイボーグとして戦うことを義務付けられしまった自分もまた同じ。他の仲間たちも似たり寄ったりの気持ちを持っていることだろう。
(オレの場合は、死を覚悟していたから余計に、な)
自嘲気味なため息を吐き、ハインリヒは自らの右拳を強く握り締める。00ナンバーサイボーグの中で一番生身としての部分が少ない自分は、意志いかんによっては一番機械に近い存在でもある。それだけは認める訳にはいかない。……守りきりなかった最愛の者のためにも。
「そういうことだ。……フッ、まだまだ先は長いぜ」
「……そうだね。ありがとう、ハインリヒ」
そう告げたジョーの面持ちは脱出した後よりも明るく感じ、ハインリヒは撫でていた手を止めた。
海の色が朱色へと完全に変貌して、遠く水平線の向こうに太陽が沈む。自然の営みは一度たりとも変わることなく続けていくのだ。
岸壁に打ち寄せる波が白い水飛沫を上げ、風に流れていく。懐かしの日本。故郷の状景も変わることはない。引き寄せられるようにただ茫然と景色を眺めるジョーの横に立ち、ハインリヒは口元にわずかな笑みを浮かばせる。
「ジョー、お前は今も『生きて』いるんだ。そのことを忘れるなよ」
オレ達と同じように……と言われている気がして、ジョーも笑顔を浮かべた。
自分の戦う意味を見つけるにはもう少しばかり時間がかかりそうだが、進むべき道は彼の目の前に広がっているのだ。
なかなか難しくて。やっぱり初めは49かなv。なんだか保父さんなハインリヒが大好きv
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