「ケーキ、焼いてみたんだけど食べない?」
そう声をかけられて初めてジョーは振りかえった。少しばかり驚いたように目を瞬かせる彼の姿にフランソワーズはにこやかな微笑みで答える。
「……君が?今日は何かの記念日だったかな?」
「記念日って程じゃないわ。………ただなんとなく作りたくなっただけだけど」
イヤかしら?……と心配げな表情を覗わせたフランソワーズに今度はジョーが笑顔で答えた。
「喜んで頂くよ。……君が良ければの話だけれどね」
「もちろんよ」
満面の笑みを浮かべるフランソワーズの後についてジョーはリビングまで降りた。
テーブルの上に綺麗に切りそろえられたパウンドケーキが可愛らしいお皿に乗せられている。促されるままソファーに腰を下ろして、出されるティーカップをジョーは見ていた。
「おいしそうだね」
「お菓子は良く作ってたの。昔と違って使い易いオーブンだから失敗していないはずだけど」
そういってフランソワーズは、ゆっくりと紅茶を注ぐ。リビングにかすかに漂う紅茶の香りが心地よい。
取り分けられたケーキを口に運ぶジョーの様子をフランソワーズは少しドキドキしながら見守っていた。やはり何度作っても食べてもらう瞬間は、緊張するようだ。
「うん、おいしいよ。すごく……」
「そう、よかったわ。あまりにも久しぶりだったから自信がなかったんだけどね」
にこやかな微笑みを浮かべるジョーにフランソワーズはホッとする。そして彼女も笑顔に変わった。
「そうかな、すごくおいしいけど」
ジョーはそういいながらもフォークの手を止めない。甘いケーキと紅茶がまた気分をリラックスさせてくれるのかもしれない。
生い立ち柄、ケーキなどなかなか食べられるものではなかったし、誰かに作ってもらうことなどなかったから、満足感がジョーを包み込んでいた。
「メルシー」
予想以上の反応にフランソワーズは満面の笑みを浮かべて礼をのべた。
そこへドタドタと廊下を歩く二人分の足音、そしてノックもなく唐突にドアが開いた。ドアの音に気がついて顔を向けるジョーとフランソワーズ。二人の視線を受けて、軽く片手を上げたのはジェットだった。
「お、うまそうなもの食ってるじぁねぇか」
見まわりから戻ってきたらしい。なんともリラックスした様子だ。部屋に入ってくるなり、早速テーブルの上のケーキに目をつけたところはジェットらしいというところだろうか。
そのジェットの後ろからは、銀髪のドイツ人、ハインリヒが部屋の出入り口に姿を見せる。
「あ、ジェット。ハインリヒ」
「お帰りなさい、ケーキなんだけどどうかしら?」
なれた手つきでケーキを切り分けていたフランソワーズがにこりと微笑んでいる。せっかく焼いたケーキだ。みんなに食べてもらえるならこんなに嬉しい事は無い。
「ああ、頂こう。………おい」
にこやかな笑みを浮かべソファーに腰を下ろしたハインリヒの目の前で、無造作にケーキへと伸びる手に気がつき思わず目を丸くする。
遠慮の欠片もなく、豪快にケーキを鷲づかみにしたジェットを見上げたハインリヒだが、止める間もなくほお張るそのさまにそっと肩を竦めて見せた。
「そんじゃあ、遠慮なく」
「え!?フォーク、フォーク」
慌ててジョーもフォークを差し出すが、お構いなしにジェットはケーキを口に運んでいた。ジェットらしいといえばその通りなのだが……。
「んなもんいるかよ。手で充分だ」
「おいおい、ジェット。マナー違反は失礼だぜ」
無駄な忠告とわかっていてもついつい口に出してしまうハインリヒにフランソワーズはかすかな苦笑で答えた。
メンバーの中でもジェットの存在は、ムードメーカー的なところがある。ある意味「熱しやすく冷めやすい」のだが、その性格からして憎めない奴なのだ。男気があり、熱血漢。良い意味でジェットは『利かん坊』なのだから。
「いいわよ。ジェットらしいもの」
「そういうこと。もぐもぐもぐ…………うまいじゃねぇか」
ここに張張湖がいたら「食べる前に手を洗う!!!」と怒られそうだが、見回りで腹が減っている所為で食欲は旺盛のようだ。ばくばくと平らげて行く。
「どれどれ。………おお、こいつはいけるな」
あまりにジェットが勢いよく食べるものだから、つられてハインリヒも取り皿にケーキを乗せる。出来立てというだけあって、柔らかくてほのかに甘い。
好評とあって、フランソワーズもホッと一安心。
「良かったわ。まだまだあるわよ……ってそんなに慌てなくても誰も取らないわよ、ジェット」
「ああ?腹が減ってんだから………ぐっ!!!ゴホゴホ」
案の定、勢いよく食べ過ぎてジェットが激しくむせる。
「あーあ、言わんこっちゃない」
「うっせえ!!………ゴホゴホ。のどに詰まった!!!」
やれやれ……と言いたげにハインリヒが肩を竦めると、まだセキが納まらぬジェットが膨れっ面を浮かべた。苦笑混じりに二人のやり取りを見ていたジョーが飲み物を入れようと立ちあがる。
「僕が紅茶いれようか?」
「ジョー、オレも手伝おう」
ついでハインリヒも立ちあがり、キッチンの方に入っていく。嘘のように静かだったのだが、信じられる無いくらい賑やかになっていた。そのうち、交替した他のメンバーも戻ってくるはずだ。
戦いに明け暮れ、ブラックゴーストの追ってを振り切った彼らとは言え、こう家族団欒のような暖かい雰囲気には思わず一息吐いてしまいそうになる。
「やっぱり賑やかなティータイムになっちゃったわね」
良い事なのか……悪い事なのか……心境は複雑だ。
「いいじゃないか、楽しくて」
「そうだよ。賑やかなもの楽しいよ、フランソワーズ」
闘いに身を投じているからとはいえ、仲間がいる限りたまには肩の荷を下ろしてもいいのだと思える。フランソワーズは特に索敵能力にすぐれている所為で一時も心休まる時間がないといっても過言ではないのだ。ジョーもハインリヒもジェットも……他の面々もそれは十二分に感じている。
だからこそ、こういう一時にでも彼女に一息吐いていて欲しいと思うのだろう。
「確かにそうね。ふふふっ……」
自然と笑顔が浮かぶ彼女に皆ホッとする。
やがて紅茶の香りが室内に広がると、ジョーが彼女の前に静かにティーカップを置いた。清々しく感じる紅茶の香りに心身の疲れが癒される気がする。
メンバーの誰もが思うことだ。
―――本当に『闘い』は終るのだろうか?、と。
だが、誰もが信じているのだろう。光ある未来を……。
「おいしかったよ、ご馳走さん」
口端をわずかに吊り上げてハインリヒは微笑む。どこか彼の物腰が柔らかく感じるのも気のせいではない事をフランソワーズは敏感に感じ取っていた。
仲間と共にあること。………独りではない事が、精神的な支えになっているのだ。
そして、それはハインリヒだけに留まらない。
「………おいしいよ、フランソワーズ」
「ふふふ、光栄だわ」
ジョーの笑顔にしても、フランソワーズの微笑みにしても………しかり。
今は、せめてもの安息を………。
「んなこたぁ良いから、早く飲むもんくれーっ!!!!」
その後、涙目のジェットがむせながらキッチンに駆け込んでいたとかいなかったとか………。
ジェットとフランソワーズが書けてよかったですvv仲間って言うか、家族って言うか微笑ましいvv
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