Extended Family










「囲碁というのは難しいものだな」


独り、首を傾げ碁盤に向かうハインリヒ。コズミ博士の付き合いで碁を打つようになってのだが、どうもしてやられる節が多い。
伝統的な日本の文化であるこの碁や将棋は、闘わざるを得ない時代に多くの戦略を編み出したとも聞く。
今の闘わざるを得ない自分たちにはかっこうのシュミレーションなのかもしれない。気づかなかった落とし穴を眼前に捉える事が出来る。

「まぁ、良いイメージトレーニングだな」

「何がトレーニングなんだい?」

背後から声がかかるまで気がつかなかったとはある種自尊心を揺るがす油断かもしれないが、相手が最新の仲間であるならば致し方ないとハインリヒは苦笑する。
悪びれた様子もなく覗きこむのはジョー。日本人は特に実際年齢よりも若く見られがちだが、それは彼も例外ではなくまだまだ幼さを残した容貌に悪戯めいた笑みが覗いている。

「……囲碁?」
「あぁ、コズミのじいさんに付き合ってる。……なかなか難しいな」

碁盤を眺めながら曖昧に笑うとジョーは興味深げに碁盤を覗きこんだ。だが、ジョーもあまり碁は知らないのでハインリヒがどういう意図で置石しているのかわからず首を傾げる。

「全然わからないよ」
「日本人なのに、か?」

不思議そうに見上げるハインリヒと尋ねられた言葉のギャップにジョーは曖昧に笑って見せる。日本人だから日本の文化である碁についてはプロフェッショナルくらい理解している……と思われたことに少し誤解が生じているらしい。そこがなんとなく微笑ましかった。

「うん。まだ将棋だったら少しはわかるんだけどね」

そっと肩を竦めながら答えるとハインリヒは目を瞬かせた。

「そう言うものか」
「そう言うものだよ」

いつもの冷静沈着な態度からは窺い知ることもなかったハインリヒのちょっと間抜けな驚き顔を見て、ジョーは嬉しげに笑った。
意識が戻ったら自分がサイボーグになっていたことを知らされ、まるで現実とは思えない世界にまきこまれ、脱走と仲間と共にこの地にたどり着いた。同じサイボーグである……という点から仲間として脱走したものの、自分はまだこの人たちの何も知らない。それは彼らにしてみてもきっと同じことなんだろう。

目の前にいるハインリヒも同じことを思っているのではないだろうか。

だが、接していくうちに機械や性能ではなく、彼らの人間らしい姿を目にすることが出来る。
中華料理ならまかせておけ……の張張湖や詩の朗読を繰り返すブリテン、お菓子作りに勤しむフランソワーズや魚釣りにでかけるピュンマ。木々や小鳥のさえずりを見守るジェロニモ、ギルモア博士やフランソワーズにあやされるイワン、ちょっとケンカっ早いジェット。
ここにいるハインリヒも碁に興じている。自分も少しばかり周りを見る余裕が出来た気がする。


独りでいろいろと考え込んでしまったジョーを見上げ、ハインリヒはしばらくその様子を眺めていたが、模索していた手を止めると少しばかり息をついた。

「―――で、何か用だったか?」

今更思い出したかのような口ぶりに今度はジョーが驚いて瞬きをする。

「いや、通りがかっただけだけど、お邪魔だったかな?」
「いや、全然」

両手を軽く広げ、からかっているようなハインリヒの暢気な口調に思わず頬が綻ぶ。その実、ジョーはホッと安堵したのかもしれない。

「ハインリヒがあまりにも楽しそうだから……」

つい声をかけたんだ……と告げるとまたもやハインリヒは目を瞬かせた。

「楽しそう?……オレが?」

意外な返答にジョーも思わず戸惑う。意味深げにハインリヒは考え込む。別に悪意などないつもりだったが、何か気に障ったのだろうか?

「そう……見えたけど。実は楽しくなかったのかい?」

ああでもない、こうでもない……と思案している様子はどこか嬉しそうだったものだからジョーは素直に告げたのだが……。

「いや……どうだろうな。熱中してはいたかもしれないが」
「ボクには楽しそうに見えたよ」
「そうか。……確かにここにいると余裕を感じる。それが原因なのかも知れないが……」

そこで一度言葉を区切り、ハインリヒはちょっと意味ありげに口端をつり上げジョーを見据えた。

「ジョー、お前だって毎日楽しそうだぜ」

不敵な面持ちを隠すことなく彼は続ける。

「そ、そうかな」

ズバリ……と言い当てられてジョーはここ数日のことを振りかえって見る。確かに楽しさを感じていた。ジョーの表情の中にちょっと苦笑いが混じっていたのは、問うたハインリヒの表情に「してやったり」といった雰囲気を感じ取ったからかもしれない。

「それは、みんながいるからだと思うよ」
「仲間……か」
「うん。……ボクには家族はいなかった。だから『仲間』がいるということと同時にみんなのことを『家族』なんじゃないかって思うから」

ジョーの生い立ちをすこしならハインリヒも知っていた。
孤児院で育ち、その父とも言える人間を目の前で殺され、自らは無実の罪に問われていたことを。そしてそれが原因でブラック・ゴーストに掴まり、サイボーグとして改造されてしまったことを。
脱走した九人の仲間の改造された理由はジョーとさして変わらない。
突然、時を止められてしまったショックの度合いはハインリヒにも鈍く響いていた。

「家族か……フッ、ずいぶんと大人数だな」
「大家族はボクの憧れだからね。兄さんがいっぱいいるようで嬉しいさ」

本当に嬉しそうなジョーの顔を見て、ハインリヒも感じている。家族というものの温かさと人と人とのつながりの深さを思い出す。むしろ懐かしさすら覚える。

「なるほど……では、弟くん。碁の特訓と行こうかな」
「良し!!!受けてたつぞ」

対座して腕まくりをするジョーを楽しげに見て、ハインリヒは碁盤前に座りなおした。
二人して考え込みながら打つ碁は、張張湖が夕食を作り終え呼びに来るまで続いていたらしい。

勝負の行方は、二人のみぞ知る。










ハインリヒがコズミ博士と碁を打っていたところから思いついた話。いくらサイボーグでも碁は難しい!きっと独りでがんばって囲碁の勉強していたんだよ。ああ言う姿はどことなく「家族」みたいな温かさを感じてしまうので、ジョーに代弁してもらいました。