やきいも







夏の暑さが日に日に涼しさに代わっていた。
あれだけ昼間に鳴き続けていた蝉の声は少なくなり、コオロギや鈴虫が秋の夜長を弾き語っている。
あれだけ鮮明だった緑の木々も徐々に赤や黄色に衣替えを始めていた。風が吹くたびに枝から離れた葉が舞う。
コズミ博士の庭もすっかりと舞い落ちた葉でいっぱいだった。いつも世話になっているからと、頃合を見計らって掃除を始めたのはジョー。まだ予断の許さない状況なだけに見張りの合間を縫って他のメンバーも掃除に加わっていった。





「お、なんか良い匂いがするなぁ」

庭の落ち葉集めが終わり、焚き火を始めたジョーのもとにひょっこり姿を見せたのはジェット。庭に面した渡り廊下を歩いていたらジョーの姿が見えたので足を運んでみた……というのが彼の言い分だろうか。

「あぁ、ジェット。今、コズミ博士が貰ってきたサツマイモを焼いているんだよ」

唐突な声にジョーは顔を上げ、縁側からこちらを眺めているジェットの姿を視界にとらえると小さく微笑を浮かべた。良い匂いの原因は、庭先で焚き火をしながら焼き芋を作っているからで、意外と匂いに敏感なジェットのセリフにジョーは嬉しそうな顔を浮かべる。ジェットは縁側から降りてくるとジョーの肩に手を置いて焚き火を覗きこんだ。

「へぇ〜〜、落ち葉で焼くのか。これが日本の食べ方か?」
「日本の……っていうか、秋の風物詩ってヤツだと思うよ」

視線を向けた先には、風に舞う落ち葉のロンド。掃除してもしても片付かないといえばそうだが、日本の情緒としては当然の風景にジェットはそっと肩を竦めただけだ。

「庭掃除の後に腹ごしらえができるなんざ、これぞまさに『一石二鳥』ってもんなんだろ?」
「博学だな、ジェットは。もうすっかり日本に馴染んだんだね」

意外な日本の諺にジョーは感心したように目を瞬かせてジェットを見上げた。返事の代わりにジェットは、ニヤリ……と口端をわずかに吊り上げて得意げな笑みを浮かべてみせる。
彼が博学なのは、ジョーが日本人であるからで、彼の国のことを少しでも知っておきたいと思った結果だが、あえて口にするほど軽くはない。

「まあな。……それよりもそろそろ食えるんじゃないのか?」

話を反らすようにジェットは焚き火に目を向けた。白い煙は黙々と上空に昇っては消えていく。パチパチと落ち葉の燃える音が庭に小さく響いていた。
焼き芋を始めて十数分。確かにそろそろ頃合なのかもしれない。

「どーだろう、ちょっと待って。一個試しに……」
「これで良いじゃねぇか」
「あ、ジェット。熱いよ、それ」

ジョーが火箸で焚き火の様子をうかがっていたが、隣りからジェットは無造作に手を伸ばし、銀色に包まれているさつまいもを素手で取った。いくらサイボーグだといっても痛覚はある。もちろん、熱いものを触れば熱いし、冷たいものを触れば冷たいと感じるのだ。

「平気平気………―――あぅちぃっ!!!!!」
「だから言ったのに……ほらほら、これで早く冷やして」

案の定……といったジェットの反応にジョーは苦笑を浮かべながらも、傍に汲んでおいた水の入ったバケツを持ってくる。勢いよく突っ込んだジェットの指先は思わず湯気が出ているような気がした。
生身の人間のような火傷はしないまでも熱いものに触った瞬間の条件反射というヤツはこの身体になっても健在のようだ。

「サンキュ……なんでわざわざアルミホイルに包んでんだよ」
「そのまま焼くと周りが焦げちゃって食べにくいからだよ」

にこやかな笑顔のままジョーは火箸を使ってアルミホイルに包まれた焼き芋を焚き火の中から引っ張りだした。まだ暑いアルミホイルを器用に開いてみると中から温かい熱気に包まれた焼き芋がそっと姿を現す。

「そ、そうか………そんな理由なら仕方ねぇなぁ」

指を冷やしていたジェットに手渡せば、鼻をかすめるのは甘い良い香りだ。アルミホイルに包めばジョーの言う通り、確かに焦げ目は少ないし食べやすい。
思わず腹の虫がなりそうになり、ジェットは焼き芋にかじりついた……はずだった。


「あら、良い匂いね」

フッ……と背後に気配を感じたジェットが振り返るのと彼女が二人を見下ろして口を開くのとはほぼ同時だった。
ようやく彼女の方へと振り返ったジョーは佇む姿を見上げてかすかに微笑む。

「フランソワーズ。今、焼き芋をしているんだけど、君もどうかな?」
「あら、嬉しい。頂くわ、ジョー」

「調子に乗ってると太るぞ」

完全に食べるタイミングを逃したジェットのある意味『負け惜しみ』だったセリフだが、言った後で彼は正直後悔した。彼女を敵に回したらなにかと恐ろしいのだ。

「……なんですって?ジェット」

やはり少しばかりトゲのあるフランソワーズの声音が頭の上から降ってくる。心の中で舌を出したが、後の祭。ジェットも一度言ったからには後には退けない。

「太るって言ったんだよ、フランソワーズ」
「あなたこそ牛みたいに食べていると重くて飛べなくなるわよ、ジェット」

二人の間に飛び散る激しい火花を見たようでジョーは苦笑とともに冷や汗を流しながら横槍をいれてみる。あくまでも恐る恐るだが……。

「まあまあ、二人とも。日本では『食欲の秋』って言うくらい秋の食べ物っておいしいんだ。食べておかないと勿体無いだろう?」

なんとか仲を取り持とうとしているジョーの態度が丸わかりなので、ジェットもいきなりバカらしくなったようだ。わざとらしく肩を竦めて、ついでにため息を吐いて見せた。

「そうだな。運動の秋とも言うけれど、腹が減ってはバトルができねぇってくらいだし」

ちょっと違うけど……というジョーの呟きをジェットは聞かなかったことにする。フランソワーズも呆れたような面持ちでジェットを見たが、それだけだった。

「せめて『芸術・読書の秋』というほうがステキだけれど、食べ物を美味しく食べられるのは魅力的だわ」

フランスでもサツマイモは重宝されている。ちょっとしたお菓子には必ず登場するといってもいい食の芸術作品の立候補にあがるほど。

「そうそう。…………ほら、これならもう食べられるよ」

縁側から降りてくるフランソワーズにジョーは焼きあがったばかりの焼き芋をアルミホイルから取り出した。良い匂いが鼻腔をくすぐる。

「まっ、レディーファーストってヤツだ」

まだ手の中の焼き芋には手をつけていないジェットが、そっぽを向きつつボソリと告げる。素直ではない彼らしい態度に二人は苦笑を浮かべた。

「あら、ありがとう。頂くわね、ジョー」

自分の分を取り出したジョーを両サイドに、三人で縁側に座る。庭が少しだけ綺麗になっていてちょっとした満足感がジョーにあった。見上げれば夕焼け色に染まった空に同じく朱に染まった雲が広がっている。秋は間違いなく訪れているのだ。

三人は、しばらく茫然と日本の秋を身体全体で感じていた。

だが、ジョーに手の中の焼き芋がほかほかしているうちに食べたほうが美味しいと聞いた二人はいそいそと焼き芋を口に運ぶ。

「おいしい!!甘味があるわね」
「うまいな、これ!!!」

フランソワーズとジェットの声にジョーはにっこりと微笑み、自分も焼き芋の皮をむいで思いっきりかぶりついた。

「小さい頃はよく食べたんだ。……懐かしい味だ」

じんわりと口の中に広がる甘い香りとホクホクした食感。この季節になると教会のみんなでわいわい騒ぎながら焼いた想い出は今も色あせる事はない。温もりも味も変わらない美味しさ。
そんな感傷に浸っていたジョーの真横で早くももう一つの焼き芋に手を伸ばしたのはジェット。

「おい、早く食っとかないと絶対他のヤツが匂いにつられてやってくるぞ!!!」
「いいじゃない、せっかくなんだからみんなで食べたら……」
「馬鹿言え、何人いると思ってんだよ。自分の食い扶ちがなくなっちまうぞ」

結構真剣な面持ちで焼き芋を頬張るジェット。ジョーが目を丸くしているとフランソワーズがそっとため息をついた。
気に入ってもらえるのは嬉しいが、そんなに急いで食べると……。

「……ごほっ!!!」

やはり喉に詰まった。
焼き芋は美味しいのだけれど、急いで食べると喉に詰まりそうになる。そういう経験はジョーも持っていたが、それは多くの子どもが一斉に焼き芋を食べ、取り合いになってしまうからでまさかジェットがこんなにも勢いつけて食べるなんて思ってもいなかった。

「あーあ、また喉につまらせて」
「慌てて食べなくても僕は取らないよ」

フランソワーズの呆れた呟きとジョーの心配げな声はジェットに届けども、咳はしばらく止まりそうにない。
急いで食べるのも彼の性分なのだから、どうしようもないのだが……。秋の夕空の下、天高く肥ゆるは馬……だけなのか、ちょっと不安に思うジェットだった。



焚き火の白い煙は、秋の空に溶けていく。

明日の天気もまた穏やかな秋晴れになりそうな……そんな予感のある夕暮れ時。












「天高く、馬肥ゆる秋」。秋はなんといっても「食欲の秋」。彼らもきっと日本の情緒を気に入ってくれているはずvvジェットは前回にも引き続けて「咽て」ますが、別に嫌いだからじゃありません。きっとジェットはジョーにラヴラヴで、フランソワーズもジョーにラヴラヴですよ。ほら、三人とも同じ年ですからvv