ビデオショップ |
食後、しばらくしてジョーは近くのレンタルビデオショップまでやってきた。 闘いの続いていた毎日がまるで嘘のような穏やかな日常。今までそんな日が訪れようとは夢に思っていなかっただけに、仲間達もジョー自身も毎日を楽しんでいる。 そんな彼らの楽しみの一つが、映画鑑賞。一世代と呼ばれるイワンやジェット、フランソワーズにハインリヒ、この四人は過去で時間を止められてしまったために、再び意識を取り戻したこの世界で戸惑うことは多かった。だが、それもジョーや他の仲間達と関わるごとに適応していっている。 今では、映画を見ることが彼らの趣味の一環となっていたのだ。 ジョーは、散歩ついでに彼らのリクエストをレンタルに来たというわけだ。 「あれ、ジェット。どーしたの?」 店内に入ってしばらくした頃、入口の自動ドアが小さな音を立てて開いた。入ってきたのはついさっきまで家のソファーに寝転がっていたはずのジェットだ。 よおっ!……と軽く手を上げて、ジェットはジョーのところまでやってくる。軽装ながらまさかココまで飛んできたわけではないだろうな……とジョーは苦笑した。 「俺もさ、なんかビデオ借りようと思ってな」 「そーなんだ。言ってくれれば、僕が借りてきたのに」 「決めてたわけじゃないから、見てから借りようと思ってさ」 照れたように笑うジェットの姿も戦いが終わってから頻繁に目にするようになった。彼だけではない。他の仲間達みんな、同じだ。平和というものを満喫している。 新作の並んでいるコーナーを上から下まで眺めつつ、ジョーはふとジェットの横顔へと目を向けた。 「……ジェットってどんなビデオ見るの?」 「大体なんでも見るぜ。アクションからSF、西部劇。ほら、オレの生きてた頃はビデオなんかなかったから、面白いよな」 殺伐としたアメリカの裏ストリート。それがジェットの生活の場だった。そんな過去はもう半世紀も昔の話になってしまい、今では見る影もない。 ビデオやテレビに一番驚き、一番感動していたのが実はジェットなのだとジョーも気づいていた。いくら孤児院育ちのジョーとはいえ、世界観がいきなり変わってしまうことに衝撃を受けないはずはない。 「ジェット……」 「なんだよ、暗い顔して……俺、変なこと言ったか?」 ポンポンっと幼子をあやすように頭を撫でられ、ジョーは首を横に振った。 「いや、なんでもないよ。ジェットの好きなビデオ、借りて帰ろうか」 「そうだな……何にするかな。なんかお薦めはないのかよ、ジョー」 あまりにも種類がありすぎて、さすがのジェットも面食らう。これだけありながら全て同じ作品でないなんて、いったいこの世の中にはどれほどの映画が存在しているのか皆目検討もつかない。目移りしすぎて困惑気味のジェットに尋ねられ、ジョーは考え込む。 「ボクのお薦め?」 「そうそう、何でもいいぜ」 何でもいいといわれても……感覚は個人個人違うから自分の面白いと思うものが果たして面白いのか不安はある。ここはやはり人気のシリーズを選ぶのが吉か。 ジョーは棚の中でも上段に並べられた黒い背表紙のビデオへと手を伸ばした。 「そーだなぁ、これなんかどう?」 「なんだ、それ」 一見してもアクションやバラエティの類ではないおどろおどろしい背表紙にジェットの声がわずかだが裏返った。 「人気のホラー映画なんだって、怖いらしいよ」 表を見れば一目瞭然のホラービデオだ。ジェットは退いたがジョーはにこやかに笑っている。 「う゛……ホラー」 実は昔から医者とホラーは大の苦手なジェットだった。目に見えないものは信じられないといいながらも目に見えないものほどびっくりするものはない。一番恐ろしいのは人間だと解っていても幽霊や怪談は理性で勝てるものでもないのだ。 だが、強気なジェットが間違ってもそれを口にすることはなかった。今までは……。 「どーしたの、ジェット。ホラー苦手だった?」 「い、いいいいやいや、俺さまに怖いものなんか……」 「だよね、ジェットがホラーなんかで怖がるはずないよね」 「そ、そ、そうそう、と、当然だろー」 空笑いの中にやせ我慢が見えるが、ジョーは気づいていないようだ。不自然なほど言葉に詰まるジェットに目を瞬かせながらも最新作のホラービデオを嬉しそうに手に抱える。 「ボクも一度見たかったんだけど、一人だと心細かったんだ。一緒にみようよ、ジェット」 「あ、あ、ああ、い、いいいぜ」 「よーし、これ借りようっと」 せっかく二人きりで楽しい時間を過ごそうと企んでいたジェットの目論見も浅く、曰くつきのホラービデオを数本と、頼まれていたビデオをカゴに入れるジョー。彼の隣で青くなっているジェットはただただ視線を泳がせるだけだ。 「ほ、他にはなんか借りてかえるのか?」 「そーだね、だいたいこのあたりのホラーは全部見ちゃったから、今度はサスペンスでも借りて帰ろうかな」 「…………」 帰ってからビデオを見たジェットが卒倒したのは、言うまでもない。 人は見かけに寄らないものだ。 |
人は見かけによらぬもの。なんとなくちょっとブラック入っているジョーさんですが、いつもは素直なんですよ、天然だし。ジェットとジョーは仲良しさん。 |