ちょっとしたシアワセ


















「まーた、寝てらぁ」

そっとため息を吐きながら、ジェットは呟く。
だがその表情に浮かんでいるのは微笑にも似た優しい面持ち。

「おーい、ジョー」

呼びかけても返事はない。
コタツの中に入って眠り込んでいるジョーの寝顔を間近に眺めながら、ジェットは幼子をあやすように髪を撫でた。その幼い寝顔が自分と同じ年のものとは思えず、ジェットは思わず微笑む。
サイボーグという人間ではない存在へと変えられた、最後の仲間。そして、最新の技術を集約している者。同じ年なのに弟のような感覚を覚えるのはジェットだけではないだろう。


目が覚めればすでにすべては終わっていた。
改造され、時は勝手に半世紀も進み、自分だけが取り残されてしまった。意志を持った兵器として愕然とした心境を抱き、己だけが孤独の存在と思いの淵に沈んでいた。

偶然というにはあまりにも作為的で、運命というにはあまりにも過酷な現実。

だが、独りではなかった。
同じ過酷な運命を背負った『仲間』という存在が、ジェットにもジョーにも一番心強かった。
いつだったか、ジョーが仲間達のことを『家族』といった時、小バカにしたような不遜な態度を見せていたものの、内心満更でもなかったことまで鮮明に覚えている。
神様なんて信じたことはなかった。願っても助けてくれることのない迷信な存在など信じたことはなかった。
だが……あの時初めて『独り』ではないことに感謝した。


「いつでも幸せそうな顔しやがって、な」

寝るときですら気を抜くことが出来なかった遠い昔を思い出し、ジェットは苦笑する。
ブラック・ゴーストとの死闘でも甘いと何度も指摘され、それでも悩みながら苦しみながら己の生き方を変えなかったジョー。弱いようで心の真中に揺るぎ無い意志を秘めている。それこそが彼がまだ『人』であることを支えている柱のようなものなのかもしれない。
確かに人間ではなくなった。人としての生を全うすることも出来なくなった。だが、意識の根本にあるのは人間としての誇り。それまで奪い取ることは幾ら優れた技術を誇るブラック・ゴーストにもできなかったのだ。失った生身の身体を取り戻すことはできないけれど、人としての誇りを守ることはできる。
それをジェットに諭してくれたのは、ジョーだった。

「うーん……………ジェ……ト」

寝返りを打ちながら呟くジョー。どんな夢を見ているのか知らないが、浮かべた微笑と呼ぶ名前にジェットの鼓動が早くなる。

「ん?なんだよ、寝てまでオレを呼んでるんじゃねぇって……襲っちまうぞ」

傲慢な態度で口端を吊り上げ、ジェットはジョーの額を軽く小突いた。だが、帰ってくるのは寝息ばかり。
自然と微笑を浮かべ、コタツの向かい側に入れば、足元からじんわりと温かくなる。

「スースー……」

規則正しいジョーの寝息にあてられて、ジェットは大きくあくびをする。平和ボケするにはもってこいのこの状況に自嘲しつつも欠伸の数は増えるばかり。

「なんか……オレまで眠くなっちまったじゃねぇか」

そんな呟きも満更ではなく、ジョーの寝顔をもう一度眺める。幸せそうなそんな寝顔だ。
次第に重くなる瞼をジェットは、ゆっくりと閉じた。




「………ん?……あ……れ、ジェット?」

目をうっすらと開いたジョーの対面で微かな寝息をたてて眠っているのは、ジェット。彼が他人に寝顔を晒すなんて少しだけ驚きで、ジョーは思わず微笑んでいた。
そっと手を伸ばせば、届く距離に君が存在する。

「君と空を飛んでる夢をみていたんだ……ジェット」

夢の中でも君は自由に空を飛べる。だからボクが幾ら手を伸ばしても、届かない所にまで行ってしまえる。それが少しだけ哀しくて目を覚ました。
そうしたら、ジェットが目の前で眠っていた。

「君はいつまでもボクの目の前にいてくれるんだ」

飄々とした態度の中にジェットの素直じゃないながらにも温かい優しさを感じることがある。初めて直に出会ったサイボーグの仲間はジェットだった。
あの時から、いろいろな死闘を潜り抜けて、ボクたちは今もまだ存在している。
もう人間とは言えなくなってしまったけれど……とジョーは内心苦笑する。独りではないことの安心感を与えてくれた仲間。その中でもジェットはいつも何かにつけてジョーにかまってくれた。独りにはさせないよう配慮してくれた。

「ぐー………ジョー……」

不意に名前を呼ばれ、ジョーは目を瞬かせる。向かいで眠っているジェットが寝言を呟いたのだ。まさか自分の名前を呼ばれるとは思わなかったジョーは、なんとも嬉しいやら恥かしいやら、頬を赤らめる。

「ボクの名前を呼んでくれるんだね。……ありがとう、ジェット」

これからも一緒にいてくれればいいな……と心の中で願わずにはいられない。それが無理難題なのはジョーにもわかっている。だから、せめて今だけは一緒にいたいと思う。

「ぐーぐー」

いつもはどこか警戒心を解くことのないジェットがこうも穏やかな寝息をたてていることにジョーは嬉しさを感じた。そっと顔を近づけ寝顔を観察する。

「ふわぁ……君と……会え……て、嬉し……ぃよ」

気持ち良さそうに寝ているジェットを眺めているとまた眠気がジョーに取り巻き始めた。あくびを一つ零し、ジェットの寝顔を眺めたままうつらうつらと眠りの中に沈んでいった。




「……あらあら、二人してこんな所で眠っちゃって……」

様子を見にやってきたフランソワーズがコタツで眠ってしまったジェットとジョーを見つけ、そっとため息を零す。どこかしら呆れたようなそれでいてホッとしたような彼女の表情にハインリヒも肩を竦めた。

「フッ……やはり子ども、かな」

サイボーグと化した彼らも本当の所はまだ成長期の青年たち。少し懐かしむような瞳でハインリヒはジョーとジェットを見下ろす。心地良さそうな寝息がかすかに耳に聞こえきた。

「そうよね、この二人。ホント、まだまだ子どもなんだもの」

闘いの中に身を置く定めを作為的に運命づけられたとはいえ、休息は必要だ。いつもは賑やかなこの二人が静かに眠っている様子はどこか安堵感を抱いてしまう。

「風邪をひかないように毛布でも掛けてやろうか」

そういって温かい毛布を持ってくるハインリヒにフランソワーズは微笑を向ける。

「そうね。……良い夢を」

そっと告げる彼女の声に反応するようにジョーはかすかな笑顔を浮かべていた。

大切な仲間達と出会えたこと。
こうして、今もまだ共にいること。

そうして、これからも歩んでいく仲間のことを大切に大切に神に感謝を祈りながら……。


















29です。以前、29記念本で高橋さんに送りつけてしまった物ですが、御本発売からある程度日が経ち、高橋さんにお許しを得てアップすることになりました。ジェットとジョーが兄弟みたいで、ハインリヒとフランソワーズが兄、姉……な気分ですね(笑)9人の仲間たち……9人の大家族みたいでとても羨ましいですvvv