戦いの女神 |
「サイトー、そいつを寄越せっ!」 強化アームスーツ装甲をも貫くその銃口を少佐は一人で担ぎ上げ、弾がなくなるまで撃ちつくした。トグサが撃たれ重症を追った、その数日後のことだった。 有無を言わせぬ気迫の篭った声音に俺は何も言わずにその身の丈ほどある銃身を少佐に手渡した。鈍い音と共に銃口が路面を削る。あまりにの重さにさすがの少佐とはいえ持ち上げることはできない。ボーマと共にようやく車の荷台に設置したのだから、当然だ。だが、引きずる少佐の鬼気迫る雰囲気はその背を見るだけでも感じ取れた。 眠れる獅子、いや、いつもは爪を隠した猛獣が本気になった瞬間を久しぶりに見て肝が冷えた。 ――― 『草薙素子』とはそういう人物だった。 俺が初めて出会ったあの戦場でも、彼女はどん状況に追い込まれても冷静沈着だった。心理戦を怖いと思ったのはあのときが最初で最期だ。どんな戦場でも少佐ほど敵に回したくない、いや、まわすべきではない人物は、少佐を置いて他にはいない。 「お前、いい腕をしているな。今から私の部下になれ」 そう感情の消えた声音で告げられた死神よりも甘い宣告を黙って受け入れたのは、ただたんに命の保障を願い出たかっただけではない。揺ぎ無い意志の塊が、人型を取ったような、それでいてアンドロイドやロボットなど歯も立たない正確性。統率力、行動力、そして度胸の良さに見合った洗練された戦闘力。どれを取っても少佐に敵う者などいない。 『戦場の女神』、それはまるで少佐のためにあるような言葉のように思えた。 ズンッと腹に響く地響きと轟音に俺は音の方向へと目を向ける。あの銃身を片手で撃っては、次を装填する。その繰り返しは機械的だが、獲物を見据えるヘイゼルの瞳は恐ろしいほど魅惑的に、かつクールだ。 装甲を貫かんばかりに撃ち込んだ銃弾は、摩擦熱とその衝撃で銃身を歪ませた。無論、いくら少佐の義体が高度な技術で作られていたとしても熱だけには叶わない。その証拠に銃身だけではなく、少佐の身体からも白煙が上がっている。 それでも少佐は撃つのも止めなかった。 「少佐、それぐらいにしておけ」 殺気よりも鋭く触れるだけで切り裂くような覇気を放つ少佐に声をかけたのはバトーだった。よくもまあこの状態の少佐に声をかけたと思った。正直、自分では今の彼女に声をかけることはできない。それは上司部下ではなく、本能が訴える恐怖を感じたからだ。 久しぶりに公安9課の少佐と呼ばれる『草薙素子』の恐ろしさを目の当たりにした気がした。 「……トグサは?」 「大丈夫だ。一命は取り留めた」 「そうか」 安堵の息を吐く少佐はその時ようやく銃から手を離した。鈍い音がしてアスファルトに銃身がめり込む。この距離からでも確認できるほど歪んだ銃口にその威力の凄まじさを知る。通常ならば強固な台座にセットして使用される武器だ。それを片手で、しかも何発も彼女は撃ち続けた。完全義体とはいえ神経系はもちろん生身の人間と変わらない。痛覚の神経系を遮断していれば別だが、それでも相当の衝撃があったはずだが、億尾にも出さない。その意志の強さに場違いながら感嘆のため息すら零してしまう。 「一時、撤収するぞ」 額の汗を拭い、そうして少佐は俺を見た。不吉な赤い瞳が真っ直ぐ射抜く。思わず足を止めるほどの鋭さに身構えかけたが、彼女はそれをみて口端をにやりと吊り上げただけだった。すでに俺の心中など見抜かれていて当然なのかもしれない。何も言い出せずにいる俺に少佐はわずかに口を広く。 「私は……死なせるためにお前達をスカウトしたつもりはない」 それはトグサだけでなく、お前達のことも、だ。 そういわれて俺はまた彼女に騙されていたことに気づいた。そのポーカーフェイスの下に隠された、誰よりも熱く激しい心。誤解していたわけではない。だが、改めてそう告げられると叶わないと感じる。 「わかってるさ」 バトーが俺の、いや9課全員の代弁をしてくれる。わずかに目を見開いた少佐に俺も小さく頷いて見せた。硬い表情わ崩さず、それでも少佐は口元を不敵な笑みへと変える。 その先、どんな状況に陥ろうとも、少佐に従っていれば誰も死なずに済む。その燃えるような紅の瞳の前には、そんな甘いとも思える想いを抱いてしまう。 それはスナイパーとしての予見だったのかもしれない。 彼女と共にあれば、誰も見失わずにすむ。己の中の正義と、意志の具現を……。 サイトー視点で。気持ちバト素ですが、サイトーも結構少佐の事は好いてますヨね。 |