足跡






前にあるのは常に未知。

そして振り返れば、必ず道がある。










「少佐?」

バトーの声がかかるまで、彼女は少しも動かずにいた。何か思い込んでいたわけでも、考え込んでいたわけでもなく、ただ何も感じることなく立ち尽くしていた、という方が正しい。
振り返るといつものようにバトーはそこに立っていたのだが、呆れたような面持ちが自分と顔を合わせた瞬間に緊迫したそれに変わる。

「何かあったのか?」

「何か、とは?」

「それを俺に聞くんじゃねぇよ」

彼女の顔を見て、彼女が感じているだろう不可解な異変を察することができるのはバトーくらいだ。普通なら、例え9課の同僚とはいえ、彼女の感情をその面持ちから計り取る者はいない。サイトウの言うように『少佐のポーカーフェイス』を見抜くのは至難の技だからだ。
だが、バトーだけは、ほんの些細な彼女の変化を感じ取る。

「言うなら『ゴーストが囁く』んだよ」

「なるほど」

呆れにも納得にも似た曖昧な同意にバトーは肩をあからさまに竦めてみせる。それでも彼女の表情は晴れない。何が引っかかっているのかバトーにはわからないが、時折、少佐と呼ばれる彼女は憂いのある顔をみせる。本人に尋ねたところで理由が明確に返って来ることはない。彼女自身にもはっきりとした答えなどないのかもしれない。







「明日、晴れるといいな」

突拍子も無い暢気な言葉をバトーは何食わぬ顔で口にする。そうして見上げる灰色ががった空が、まるで彼女の内面のように見えていた。

――― 漠然とした不安。

完全義体として生身を捨て、そして必要とあれば記憶も捨てた。そうして生きてきたからこそ今の自分がある。バトーの想いはすべてとはいかなくとも彼女の想いにも当てはまると、バトーは信じている。

一歩、踏み出すこの先にあるのは未知。

想定、予想はつくが、確定ではない。
それはこれまでもそれからも続いている事実だ。だからこそ、人は生きていきながら、様々な想いを体験する。感じることが生きているという証。不安と希望を抱き、生が終るその瞬間まで生きていく。

だが一つだけ確実に言えることがあれば、振り返った自分の後ろには必ず辿ってきた道が残っている、ということか。

「何よ、それ」

「そろそろ青い空でも見たいだろ?」

何気ない会話も何気ない仕草も今まで繰り返し見てきたもので、これからも見ていきたいと思う何気ないこと。
バトーの他愛もない提案に今度は彼女が大袈裟に肩を竦めた。

「それもそうね」

不敵な、という形容詞がぴったりの笑みを見せ、彼女は颯爽と歩き始めた。









呟き*バト素で。事件後とかの何の気も無いちょっとした時の話。