花びらの舞う青い空を……





感慨にふけるつもりはなかった。
己の過去を振り返るつもりもない。今の自分を満足とまではいかないけれど、決して否定などしはしない。


まるで外界から切り離されたようなこの寺院から、桜色の花びらが音もなく舞うのを見て、素子は素直にそう思っていた。
出島の火薬庫は一応の落ち着きを取り戻し、内調の動きもはたと途絶えた。日本という国の行く末に一抹以上の不安を持ちながらも、何事もなく時間が過ぎていく。

過去との決別。大層なものではないが、まだ自分が何も知らなかった時の思い出に駆られた出島での出来事は、良くも悪くもなく素子の心に蟠りを残した。

姿も、記憶も、あの時左手で鶴を折っていた少年とは違う。
だが、潔癖と思えるほどの潔さと、クゼの向かおうとした方向に確かな光を感じていたのも事実だった。

もう、彼はいないのだけれど……。


桜の散り様を遥か昔の日本では、潔い、と称されたことがある。
咲き様の見事な割に、そのあっそりと散る姿を当時の人々がそう捉えたからだというが、なるほど見ていると確かにそういう風にも感じられた。
まるで、そのためにだけに生れたような華だからだろうか。
果たして、人がどこへ流れ着こうとしているのか、長すぎる時間の中ですでに曖昧になってしまった今、尚のことこの刹那とも思える華に心引かれるのかもしれない。



「少佐」

不意の電脳通信に素子は現実へと引き戻された。
あれから時折、現実と電脳の区別がつかないように感覚を覚えることはあった。だが、いつもこの声の主に引き戻されているような気がする。

「バトーか、どうした?」

無機質とも取れる素子の声音にバトーが笑ったようだった。
今は定時連絡の時間ではない。もちろん素子のいる場所とは違うところにバトーもいるはずだ。急を要する事態ではないのに、この暗号通信はいったいなんだ。その些細な心境すらバトーは気付いているような気がする。

「別に。天気が良いから花見でも行こうぜ」

軽口に、そう務めて軽口を叩くバトーの意図を知り、素子はため息をついた。

あの男は、なおも素子という人間を心配し、不安を覚えているのだろう。あの事件から、それは顕著だ。

現実に素子が執着をしていないことをバトーは知っている。彼女の鉄のような意志とは裏腹に己の居場所を求めるようにこの世界を見ていることも気づいている。それを口にしないのは、バトーなりの優しさ、というやつなのかもしれない。
素子は何も必要としないほど強くはない。だが、他者に助けを求めるほど弱くはないのだ。
だからこそ、バトーが彼女のことを気にかけているのだけれど。

「まぁ、あんたの奢りなら話に乗ってもいいわよ」

「まかせとけ」

「そう?なら期待しておくわ」

口が減らないのはお互い様か。薄く笑って素子は髪を掻き揚げた。
眼下に広がる薄紅色の桜と対照的なまでに青い空。その二つが同時に存在している。

それを面白いと感じる自分に素子は苦笑した。







呟き*2ndのラスト後の素子とバトー。バトーは相変わらず心配症です。