悪趣味を自覚する時 誰にだって、「悪趣味だな」と感じながらも否定できないことはある。 自分にだってそれが自覚できているから、尚更性質が悪い。そうはいっても好きなものは好きなんだし、気になるものは気になるのだから仕方が無い。常識とか良識だとかは関係ない。なんというか個人の感覚の違いなのかもしれない。 なんだって、わざわざあんな奴を好きになる自分がいるんだろうか。 沢田 慎は、溜め息を吐いても吐いても、わからない理由を探している。 ふと、目を覚ますと、見慣れた天井。見慣れた部屋。いつも寝起きしている自分の部屋だ。だが、どこか違和感が漂っている。 いや、漂っているのは白い白煙。奇妙な匂いが立ち込めていた。 なんだか白く煙っているのは気のせいか。異臭の中、慎はあるまじき光景をみる。 「よぉ、沢田」 部屋にいるのはヤンクミだった。しかもなぜかエプロン姿で、立っている。慎は白地に赤いハイビスカスの入ったエプロンを見ながら目を瞬かせた。 「な、なんだよ。……つうか、なんて格好だよ」 「何を言ってるんだ、沢田?もう一緒に住んでるだろうが」 「はぁっ?」 間の抜けた返事が慎の口を突く。やんくみは動じる様子もなく、日頃めったにお目にかかれない甘い笑顔を見せる。正直、ここでゾッとしてしまうのは、何故なのか。わけがわからぬまま目を白黒させていると、やんくみがテーブルを指差した。 「ほら、朝ごはんは作ったぞ。食べよ」 「えっ?やんくみが」 「そうだよ、食べよ」 一緒に、という言葉にぐらっときつつも、何となく嫌な空気がテーブルの上空に広がっている気がして遠目に料理を覗く。どれも原型を留めている風には見えない。 「ちょっと変な匂いがするぞ、おい。やめろっ!?」 慎の抗議などヤンクミの耳には届くはずも無く、異臭の漂うテーブルへと引きずられていった。 「慎ちゃん、大丈夫か?」 と、最初に掴んだのは、机の端だった。 ハッと顔をあげると見慣れた教室。ライムラグに頭がついていかず慎は唖然とした。ゆっくりと息を吐き出す。教室の前では背を向けたまま授業をしているやんくみがいた。 「なんか魘されてたよ。変な夢でもみてたのか?」 隣りに心配そうな顔をしているクマがいる。授業中なのにお菓子やらパンやら食べている、その奇妙な匂いが先ほどまでの夢を余計に思い出させて慎は渋面した。 「魘されてた?……オレ、なんか言ったか?」 恐る恐るという面持ちで慎はクマに耳打ちする。よりによってあのやんくみと同棲しているなんて話、夢見が悪いのは確かだが、寝言でも口にしていた日には当分ショックで立ち直れない。 「よくわかんなかったけど、ひどく魘されてたぜ。慎ちゃんが魘されるなんて……どんな夢?」 「……い、いや別に……よく覚えてねぇよ」 そうか、と慎は内心安堵するも顔には努めて出さないように注意する。クマはこういうことには疎いから悟られることはないだろう。だが、何も席の隣りは片側だけとは限らない。逆の南が首をかしげているのに気付いて慎はギョッとする。 「そうか?なんか……く、みがどーのって?」 「んあっ!?」 南の言葉に慎は思わず声をあげた。やんくみの授業をみんながまともに聞いていないとは言え、慎が突然素っ頓狂な声をあげることなどなかっただけに、逆の意味で教室中が静まり返る。だが、慎本人としてはそんなことに構っている余裕はない。 「なんだよ、それ。……食い物か?」 クマはボリボリとお菓子を食いながら、それらしい食べ物の名前を指折り数えた。食いモンじゃねぇだろう、と南は肩を竦める。 「さあ、わかんねぇけど」 「べ、べつに良いだろう、そんなの」 慎の両サイドが賑やかな話になっていく。クマと南が二人して首を傾げながら、真ん中の慎は1人で怪訝な顔をしている。 「でもさぁ、女の名前だったらどーするよ」 そんな話に乗らないはずのない慎の前の席のうっちぃまでもが、慎の魘されていた夢の話に入ってきた。慎は痛む頭を抱えたい衝動に駆られたが、なんとか我慢する。 「女ーっ!?マヂかよ」 うっちぃは、女ってだけですぐに反応する。誰だって健全な高校生ならある意味普通の反応なのかもしれないが、それにしても騒ぎすぎだろう。 「くみって子かぁ?だれだろう」 「うっせぇ、放っとけよ」 投げやり気味に呟く慎に南はニヤニヤと意地の悪い顔をした。 ルックスも頭も良いのに少しも歯牙にかけない慎はもちろん女のことにも無頓着だ。面倒臭いというのが彼の言だが、南たちにしてみれば無反応なのも気になる。ましてや、夢の中の話とはいえ慎に女の影をみたというのなら、興味も沸くというものだ。 「なんだ何だなんだ?マヂになっちゃって……怪しいーっ」 「慎ちゃんったら、いつのまに」 「違うっていってんだろっ!!!!」 うっちぃとクマにからかわれているとわかっているから慎も呆れ交じりに否定するしかない。 どう考えても悪趣味な夢の話を口にできるはずが無いし、ヤンクミに対しての気持ちが決してないわけではないから尚更ダメだ。 「あーやーしぃ」 「何が怪しいんだ?お前ら」 ひょいと話の中に飛び込んできたのは今まで黒板に向かって数式を書いていたはずのヤンクミだった。気配一つ感じさせず話に入ってくるのは彼女の生い立ちから言うとあながちありえない話ではなかったが、話題が話題なだけに慎は別の意味で息を飲む。 「ぎゃあぁ!!やんくみだ」 「人を怪物みたいに言うなっ!!!」 突然の登場に南とクマが目を見開いて叫んだ。眉を顰めてやんくみは抗議するが、このタイミングで驚かない人はいまい。 「ある意味やんくみは怪物よりも怖ぇよ」 「なんだと、内田!お前ら表へ出ろっ」 ひそひそ声も地獄耳のやんくみには見事に聞かれている。眉を跳ね上げたやんくみの面持ちにうっちぃはもちろん、クマと南も顔色を変えた。 「「「うわぁーーっ!!!!」」」 「内田っ、南っ、熊井っ、お前ら待ちやがれっ!!!!」 一声叫ぶとやんくみは木製の三角定規を握り締めたまま逃げる三人を教室中走り回る。掴まれば拳骨が待っているのだから、待てと言われても待つ奴はいない。 悪趣味な夢の話が吹き飛んだのは幸いだったが、これでは授業にはなるまい。もとより真面目に授業を聞いている者が果たして何人いるのかわからないが。 被害を受けまいと、他の連中は巧みに机を移動させ、避難しながら逆にこの騒ぎを楽しんでいる。こういうクラスだというのはよくわかっていたが、慎は走り回る先生と生徒を見ながら肩を竦めた。 「なぁ、やんくみ」 「なんだ、沢田。お前も寝るな」 やんくみは視線は三人から離さずに慎の机の傍で立ち止まる。鼻で笑って慎はチラリとクマたちを見た。マヂで逃げ回ろうとしているのが笑えた。 「お前、料理下手だろう?」 「んあっ!?……なんでお前が知ってんだ?」 場違いな台詞に思わずやんくみの声が裏返った。そこまで図星だとは思わなかったが、わかりやすい性格は相変わらずのような気がする。 「別に……なんとなく」 努めて平静を装いながら、やっぱりか、と内心肩を落とした。それでも顔に出すようなヘマはしないが。 「沢田っ!!なんで知ってんだよ!!」 やんくみの矛先がこっちを向きかけて慎はそっと席から離れた。 彼女の怒鳴り声を聞きながら、慎はよりによって、と自分に言い聞かせるしかなかった。 誰にだって、そう思う瞬間はあるものだ。 何が悪趣味か。ヤンクミが夢に出たことか、エプロン姿でいたことか(笑)でもまぁ、青春真っ最中ですから。 |