桜、咲け!











夢を見た。
桜の花びらが舞い散る校庭を卒業していく、自分の姿を……。
周りには誰一人として欠けることない仲間たちの姿がある。全員が無事に卒業できたという喜びを胸に学び舎へと振り返れば、玄関前で手を振っているのはヤンクミだった。あの見慣れたジャージ姿で少し涙ぐむのか時折目を押さえながらヤンクミは一心に手を振っている。その姿に俺は駆け寄ろうとすると、ヤンクミは途端に厳しい顔つきになって言った。

「お前は、もう私の生徒じゃない」

、と。

卒業すれば、社会の一員として巣立つのだ、と。

冷たく突き放されるようなその言葉に、俺は何も言えず、ただ立ち尽くすことしかできない。卒業とは、そういうことだったと今更ながらに感じる。そうして、何もできない俺の目の前に薄紅色の桜の花びらがハラハラと散っていく。

そんな夢だった。




――― あたり前の話だ。

ヤンクミは、高校の担任というだけで、それ以上でもそれ以下でもない。高校生という三年間が過ぎれば、必然的に別れはやってくる。俺たちが成長していく限り、次のステップに進む限り、連れて行けるものと置いていくものとがあるのは当然だ。

卒業すれば、そこでこの高校生生活も終る。

この毎日も、この学校も、そして……このモヤモヤとした想いも、終る。













「そりゃあ、そうか……」

ぼんやりと窓の外を眺めながら呟く。夢の結末もあながち間違いではない。そう遠くない未来、必然的に別れは訪れる。それがどういう形でも、変える事などできはしないのだ。

「何がだ?澤田」

俺の呟きが聞こえたのか、顔を上げるとヤンクミが怪訝な面持ちをしてこちらを見ていた。俺は頬杖を着いて、ヤンクミを見る。伊達眼鏡というわけでもないのだろうが、淵のはっきりとした眼鏡におさげ、赤いジャージ姿も今ではすっかり見慣れてしまった。

「俺たちを無事に卒業させる。それがお前の仕事なんだよな」

「なんだ、藪から棒に……」

唐突な話にヤンクミは眉を寄せたが、説明するのも馬鹿らしくて俺も曖昧に誤魔化した。女々しいと笑われても仕方ない話だ。それでもあっさりと諦めてしまうほど物分りがいいつもりはない。

「俺たちが卒業したら……」

「したら?」

そうオウム返しに尋ねられ、口にしようとした言葉を俺は寸前で飲み込んだ。
開け放った窓からひんやりとした風が入ってくる。目を向ければ飛び込んでくる、抜けるような空の青。外の眩しさと風の冷たさのギャップに冷静さを取り戻す。
いつもやんくみの前でだけ、冷静さを装えなくなっているのは気付いていた。それを歯痒く思ったこともあるが、それほど子供じゃない。

「……いや」

なんでもない、と苦く笑った俺の頭をヤンクミはポンッと軽く叩いた。普通の女よりも少し固くて大きな手だ。そのままわしゃわしゃと髪をかき混ぜる。唖然として見上げた俺の目に不敵な顔が飛び込んできた。

「卒業しても、お前は私の大切な生徒だぞ、澤田」

「えっ?」

見透かされたのか、と一瞬ドキッとしたが、ヤンクミの顔を見る限りはそうには思えなかった。もともと色恋沙汰には疎すぎるくらいだから、残念ながら気付くわけはないだろうが。
仁王立ちして口端を笑みの形に吊り上げる。傲慢にも思える態度だが、彼女には一番似合う顔つきだ。

「あたり前だ。お前達が社会に顔向けできるようなりっぱな大人になれるようにするのが私の仕事だからな」

胸を張り、自慢げに告げるヤンクミに俺は呆気に取られながらも心の奥で納得する。やることなすこと滅茶苦茶でも、決して俺たちを見放さない。それがヤンクミなんだと、改めて気付かされる。俺の不安などするまでもない話だ。


「そうか」

なぜかホッとして俺は小さく笑った。相変わらず生徒扱いなのは不満があるが、それでも突き放されるよりはよっぽどマシだ。いつか先生と生徒から人間としての付き合いに変わる。その時が勝負どころだ。

桜の花が舞い散る頃、俺達の門出が迎えられるように、今は毎日を楽しむ。まずは全員が無事に卒業することが、第一だ。

もちろん、一生徒で終るつもりは毛頭ない。

やんくみには、その時覚悟してもらうさ。















桜シーズンより少しずれてますが、卒業ネタで。しかも夢話だ。慎→ヤンクミの慎視点で。