補習は気合





「良いか!!!また30点以下だったヤツは、補習だからな!!!!」

ヤンクミの怒鳴り声に教室からはブーイングの嵐。


テストを返されて、やっぱりD組の生徒の大半は平均点に満たない赤点ばかり。学校は成績ではないとわかっていながらもあまりの成績の悪さにはヤンクミもがっくりと肩を落としていた。

できないやつらじゃない。
だけど、今まであまりにも勉強からはかけ離れていたために、勉強の仕方みたいなものを忘れてしまっているのかもしれない。
ヤンクミは覚悟を決めて、目に炎を燃やしながら両拳を握りしめた。

「出きるかできねぇかじゃねぇ、やるかやらないかだ!!!!気合入れろよ、お前たち」

相変わらずのブーイングの中でもヤンクミの決意に揺らぎはない。
やれやれ……といった面持ちで、クラスの一番後に席を置く沢田慎は、そっとため息をついた。
―――クラスの中で唯一の赤点を免れた男であるばかりか、余裕で満点を取りつつ、ヤンクミに「問題が簡単過ぎ」などと顔色一つ変えずに告げる生徒なのだ。

「良いよなぁ、慎は。補習でなくてすむんだからよ」

ホームルームの最中だが、こっそりとスナック菓子を口に運ぶクマが恨めしそうに告げる。この言動からクマがヤンクミの補習に出ることがすんなり伺えるのだが、あえて沢田は追及せずにかすかな笑みを口端に浮かべた。

「……今回のテスト、マヂで基本しか出てねぇよ」
「そうは言ってもオレら教科書もみてねぇし」

金髪のうっちぃこと、内田が苦笑いしながら肩を竦めた。沢田といつも連れ立っているメンバー、クマとうっちぃ、野田と南。その誰もが補習を免れてはいない。クラスの中で赤点でないのは沢田しかいないからだ。

「教科書の例題がそのまま載ってんだろ」

なんとなくヤンクミの心労を察して慎は教科書を開いて見せる。野田と南が同時に教科書を覗きこんだ。

「「……あ、本当だ」」

―――つうか、見ろよ、教科書。

と、言葉にしなかったが、沢田の顔にはもろに出ていた。

「そこ、うるさいぞ!!!!」

ヤンクミは、黒板をバンバン叩いて周囲を沈める。すでにホームルームの時間は終わっていて……というか煩すぎて収集がつかないまま終わってしまったのだが。

「沢田、お前は赤点じゃないから、帰ってよーし!!!!」

ヤンクミは声を上げて沢田を見る。クラスで唯一の平均点以上(満点なのだが)だからもちろん帰っても誰も文句をつけるはずはない。
本人もそれはよくわかっているが、どこか表情が晴れ晴れとしていない。なんだか面白くない……いう面持ちでおもむろにイスを引き、沢田は立ち上げると目に炎を宿らせているヤンクミを一瞥した。

瞳が自然と交差する。
時間にしてわずかな出来事だが、はっきりと沢田の顔は何かを訴えていた。

(………つまんねぇだろ?)


俺がいないと…。

張り合いがないだろう?

お前がいないと、な。


沢田の口端がかすかに笑みを形作るのを見て、ヤンクミは目を瞬かせる。

「…………ん?どうした、沢田?」

フッ……と鼻で笑い、沢田は真正面からヤンクミを見据える。
彼女が鈍いことは既にわかっていた。だからなぜ自分が不服なのか、ヤンクミにはわからないだろう。
それでも構わない。そんなことですら、楽しいと思える相手に自分は日々会っていられるのだから。

「……教えてやるよ」
「へ?………何を?」

ぶっきらぼうな沢田の言葉が一瞬何を意味しているのかわからず、ヤンクミは瞬きを繰り返す。間の抜けた返事だけが教室の中に響いていた。クマも野田もうっちぃも南も他の面子も思いがけない沢田のセリフに唖然とする。
先ほどまで騒音公害も真っ青な騒がしさを繰り広げていた教室が波打ったように静かになり、その様子は彼らを知る者には一層、不気味とも言えた。
思っていた以上に静まり返ってしまった周囲に引け目を感じつつも沢田は顔色一つ変えずにヤンクミを見据えている。

「……オレも補習を手伝ってやるよ」

発して声音はいつものように冷静沈着。さも当然のことのよう。
目を見開いて唖然とするヤンクミとは反対に静寂を保っていた教室はクラスメイトたちの歓声に変わっていた。

「いぇーい!!!!さっすが、慎だぜ」
「かっこええよ、慎ちゃん」
「やっぱ、頭の良いヤツは言うことも違うぜ!!!!!」

うっちい、クマ、南のはしゃぎっぷりに沢田はわずかな笑みを覗かせる。いまいち状況がわかっていないヤンクミを置き去りに、クラス全体がある意味仕方なく補習体勢に突入。
ヤンクミが配るはずだった補習の問題用紙を黒板に近い野田が配り始め、賑やかな声を上げながらもクラス中が補習を受ける準備に入っていた。

「沢田………おまえなぁ」

ようやく事の次第を理解したヤンクミが沢田の頭を軽く小突く。

「一人で教えるよりも手分けした方が早ぇだろうが」

しれっとした口ぶりで答える沢田の態度に少しばかり照れを見つけて、ヤンクミはにんまりと微笑んだ。

「よーし!!!追試はみんな合格するぞ!!!!」

天井向けて振り上げたヤンクミの力強い拳にクラス中の声が集まる。そして、D組は一丸となってテスト補習に取りかかり始めたのだった。


後日の追試験では、なんとかみんな赤点を逃れることができたとか何とか………。









相変わらず「慎→ヤンクミ」です!補習の話はマンガでもドラマでもでてきましたが、良いですね。ヤンクミがどうにかして沢田の満点を阻止し様と頑張っていたところなんかがすごく好きです。