なつやすみ







――― 夏休み


夏休みっていったら本当は毎日好きなこと出来て楽しいはずなんだろうけど、オレにはあまり関係なく、逆に学校へ行ってる時の方が楽しいような気がする。






「なぁ、慎ちゃん。どっか涼しいところへ行こうぜ」

そういったクマは汗を流しながらアイスを食っていた。夏には汗の量が半端じゃないんだな。

「どこ行く?やっぱプールで水着のねぇちゃんを……」
「どうせなら、海までいっちゃうか!!!」

南と野田はそういって鼻の下を伸ばしている。……まぁ、海も悪くねぇケド。

「なんか学校ねぇと逆につまんねぇよな」

そう隣りでぼやいたうっちぃがちょっと意味ありげにオレを見る。なんとなく雰囲気で気がついているのかもしれない。オレはあえてなにもいわずそっと肩を竦めた。

「オレも思ったんだけどよ、絶対ヤンクミがいる学校の方が楽しーよなぁ」

クマが頷きながらもアイスを頬張っている。




やっぱりそうかよ。


オレも感じていた所だ。夏休みなのに学校へ行ってる時の方が面白い……なんて思うのはオレだけじゃないんだな。
その原因もやっぱり同じか。



「なんかめちゃめちゃなこと企んでそーなのが面白いんだよな」

野田はそう言ってめいいっぱい背伸びをする。

「巻き込まれるのはカンベンだけどなぁ……でもスッキリするんだよ」

南はちょっと考え込むような面をしながらも目は笑っていた。

「……まぁ、確かに並の先公じゃねえけどな」

そっと呟きながらオレは口端を吊り上げる。ヤンクミの正体を知っているのは、まだ俺だけだ。これからも言うつもりはないし。

「そうだ、これからヤンクミの家に行ってみようぜ!!!」

アイスの棒だけを加えながらクマの告げた一言に俺は思わず固まる。

「面白そう、誰か知らねぇの?ヤンクミの家」

うっちぃも頷きながら俺たちを見まわした。野田と南は首を横に振る。オレは視線があったが曖昧に肩を竦めて誤魔化した。


知ってるけど言えるわけねぇぞ。


「学校に行けば誰か知ってるじゃねぇの」
「おう、それだ」

野田の提案にうっちぃがポンと手を叩いた。

「それじゃぁ、まあ学校行ってみるか」
「暇だし、良いじゃねぇの」

南とクマも賛成か。……学校には日直の先公がいるだろうし、このまま学校に行くのもヤバイ。
あいつの実家が極道なんて……ある意味はまりすぎて洒落にもならないが。






「……お前ら、課題は終わってんのか?」


「え?」


突発的なオレの言葉に皆が皆、振り向いた。どうも皆できていないようだ。……まぁ、オレもしてないけど。

「あいつの家に行くなら絶対聞かれるだろ?」

続く俺の言葉にも唖然として反応がない。ただ、目が見開かれてクマは冷や汗すら流していた。

「『してねぇ』……なんて答えたらあいつ、どうするんだろうな」

他人事のように告げると皆一斉に息を飲んだ。想像することはたぶん同じだろう。


「やっぱ、ヤバイ。あいつ、絶対家まで押し掛けてきて課題終わるまで帰らねぇよ」

ゲゲッ……と南が一歩退く。

「オレ、かーちゃんにばれたら……こ、殺されるかも」

クマの表情が一気に蒼ざめた。クマの母親はパワフリーな人だからな、当然と言えば当然だろう。
意気揚揚としていた野田とうっちぃも正直顔色が悪い。一人暮しの俺でもヤンクミのパワーには圧倒されるからな。両親と暮らしているみんなには気が重い話だったかもしれない。



「……なら、オレの家で課題を仕上げるって言うのはどうだ?」

一人暮らしだから気兼ねすることもないだろうし。そう付け加えるとまたみんなの表情が明るく一変する。

「そ、そうだな。まずはやることやんねぇと、あとが恐ろしいからな」
「慎ちゃんのところは涼しいし」
「まぁ、ゲームもあるから気分転換もできるからな」
「そうそう、それじゃあ善は急げだ!!!」

うっちぃ、クマ、南、野田の賛成を得て、まるで何かから逃げるようにみんなに引っ張られる俺。
そりゃあ、どこの家庭も親ってのは怖い存在なんだろう。面倒でもあるし……。
課題をするっていってもそう長くは続かないだろうけど、こうでもいわなけりゃあするはずはないし、あいつの負担が少しでも軽くなるなら良いけどな。

ヤンクミが来てから、少しずつ学校って代物が楽しくなったのは俺たちだけじゃない。
夏休みに入って、今更ながらもそう感じる。

早く休みが明ければ良いのに……

いままでそんなこと思ったコトなんかないのにな。


「ほらほらほら、行こうぜ、慎」
「行きにマック寄ってからな」

うっちぃと南がオレの腕を引っ張りながら口を開く。早足でマックの方向へ向かうのはクマ。野田はオレの後をついて歩く。

まだまだ照りつける暑さは弱まる気配をみせないけれど、少しずつ秋が近づいてきている。この夏が終われば、またあいつに会える。



「……早く終わっちまえ」

そっと呟いたオレの声は、忙しなく鳴き続ける街路樹に止まった蝉の声にかき消され、みんなが気づかない。
蒸せ返るようなアスファルトの上を歩きながら、俺はギラギラと照りつける青空を見上げた。





――― 夏ももう終わろうとしている。









宿題に追われていたことを思い出してました。もう何年も前のことですが(苦笑)
慎が頭良いので、みんなに勉強を教えたりしてこっそりとヤンクミの手助けしてたら可愛いな、と。慎って本当に男前なんだからなぁ。やっぱり慎は課題とかパーフェクトにして「たいしたことねぇな」なんてセリフをヤンクミに言っていたりするんでしょうかね。