新学期狂想曲







今日は始業式。
今日から、二学期が始まった。

今までは、面倒なだけの学校が、始まった。―――今まで、は。




「よーし、お前等。もちろん宿題はしてきただろうなぁ!!!!」

黒板をバンバン叩きながら、なぜか生徒以上にやる気マンマンな担任は、順に課題の名前を書き始める。

「……宿題じゃなくて、課題だろう?小学生じゃないんだからな」
「聞こえてるぞ、沢田!!!宿題見せろ!!!」

だから課題だろ?……と思いつつも、顔には出さず沢田慎はかばんの中からバサバサと課題を取り出し、机に転がした。

「これでいいんだろう?」

簡単過ぎるんだよ……と呟けば、担任のヤンクミは唖然とする。

「まともに宿題をしてくるなんて………え、偉いじゃないかぁ」

真面目に宿題をこなしてくるとは、彼女といえども予期せぬできごとだったらしい。さも当然のように卓上に並べられた課題の数々をパラパラと手でめくり、答えが完璧に記入されていることを確認すると、もはや褒めてやるしかない。
もともと沢田はこのクラスの中で、というよりも学校中で……いや、全国クラスでもトップを張れる学力があったことをヤンクミは改めて認識させられた。

「別に……たいしたことじゃねぇよ」

「うぉぉ、かっこええ!!!!さっすが慎だぜ」
「やっぱり違うねぇ、慎は。ほら、聞いてんのかよ、ヤンクミ」

さらりと告げる慎の態度に周囲から歓声があがり、野田と南がヤンクミをからかうように彼女の両サイドから小突いている。
ムッとした様子のヤンクミと慎は真っ向から目があう。睨みつけているわけではないのだろうが、真正面から見据えられると正直ゾッとするのは、慎だけではあるまい。彼女の実家の正体を知っている慎だから、まだその理由もみつかるというものだが。

「沢田はわかった。……だが、お前等はどうなんだ?もちろん仕上げてきたんだろうなぁ!!!!!」

「えぇ!?(沢田以外の一同)」

いきなり矛先が慎以外の全員へと向けられ、一同唖然とする。両サイドでヤンクミをからかっていた野田と南は、波が退くように席に戻っていく。こっそりと間食をしていたクマが静まり返った周囲に気がついて、顔を上げキョロキョロしてした。
だが、衝撃の一言はクマの口から飛び出る。

「おれは、終わってるぞ、ヤンクミ」

「えぇーーーっ!!!!!??????」

クマの衝撃の告白にいったん静まり返っていた教室は、再び揺れるほどの絶叫に包まれた。ヤンクミですら、クマがまさか課題を済ませていたとは正直思わなかったのだろう、すでにクマの前に詰め寄っている。
「嘘だろう!!」と飛び交う野次をものともせず、クマは間食していたジャムパンの残りを口に放りこむと、自分のかばんをひっくり返した。バサバサと課題が床に落ちる。落ちた中から拾い集める問題集をヤンクミは片っ端から広げ、中を確かめると、確かに答えはほとんど違っていたが、やるべき課題はほぼ仕上がっている。

「ほ、ホントだ。……ま、マヂで、クマのヤツ宿題ができてやがる!!!」

ヤンクミの後から覗きこむ、野田が真っ青になっていた。クマが宿題をするところなど今まで見たことがない。

「かぁちゃんが、宿題していかねぇと、怖ぇから……それに」
「おれだって、ちゃんとしてきたぜ、宿題」

振り返ると少し得意げな顔をしているうっちぃが机の上に課題の山を積み重ねているところだった。また、驚いてヤンクミが目を瞬かせている。

(こいつらに一体何が起こったんだ!?)

困惑しながら百面相をしているヤンクミの考えていることなど、手に取るようにわかる慎は、そっとため息をついていた。
うっちぃの課題を点検すると、確かにちゃんと仕上げてある。日頃から宿題と聞けば真っ先に逃げそうな連中ばかりが夏休みの課題を仕上げていることにヤンクミは半分感動し、半分はパニックに陥っていた。

「なに?なになに??なにがどーして、お前等二人が課題してんだよ」

クマとうっちぃの顔を交互に見て、野田が叫び声をあげた。彼らでもパニックに陥ることがあるのか、と感心するヤンクミを複雑な心境で観察するのは、慎。



「どーしてって……慎ちゃんが、教えてくれたんだよ」


「――― えっ!?」


クマの一言で、その場の全員が一斉に振り返り、慎を見据えた。いきなり、全員の奇異の的にされて慎は怪訝な顔つきをする。なにもしていなくとも、何か悪いことをしたような……そんな気分だ。

「オレもオレも。この間遊びに行くついでに、だ」

それにうっちぃが更に追い討ちをかけた。
課題の制覇の発端は、暇を持て余していた連中が、ヤンクミの実家に押しかけるとか何とか……そういう話題になったおり、はぐらかすために課題の話で反らしたのだが、クマもうっちぃも母親には弱いらしく、その後も暇を見つけては慎の家で課題をこなしていた結果なのだ。
だが、しかし、ふたりにとっては賞賛モノだが、慎にとっては「男は寡黙」がモットウ。さらさらばらすつもりはなかったのだ。
影で何かと努力しているなどと、特にヤンクミに思われるのは照れ恥ずかしい……などと思っても絶対に顔に出すことはしないが。

「そ、そうなのか?沢田」

詰め寄ったヤンクミがなんかかなり喜んでいるのがわかる。そんなに目をキラキラさせるなんて、慎にとっては気恥ずかしいことこの上ない。

「まぁ………暇だったから」

そっぽを向き、話を反らすような曖昧な態度で口を開く慎。茶化すような口笛と賞賛の眼差しはクラス中から浴びたが、クールな慎には何処行く風……といった感じだ。それがまた「慎は別格」と仲間内から尊敬される要因でもあるのだが、当の本人にして見れば、ただひとり、ヤンクミをどこか意識したまでのことなのだ。

「くぅぅ、さすが慎だぜ。かっこええ!!!」
「バーカ、別にたいしたことじゃねぇだろうが」

南の歓声に慎は思わず鼻で笑って、机に肘をつき頬杖をついた。そっけない言い方は、慎の十八番だったが、どこかしら嬉しそうに見えたのは気のせいではない。

「さすがだぞ、沢田!!!おまえらもこいつら見習って必ず明日までに宿題を済ませて来いよ!!!!そうじゃなけりゃあ、明日から残りだ!!!!」

ホームルームの終了を告げる放送に耳を済ませながら全員に告げるヤンクミの声に、クラスからブーイングがあがるものの、この担任の「やるといったらやる!!」という信念はもはや暗黙の了解。がっくりとうな垂れた数人は、夏休みの課題に手をつけてすらいないのだろう。
慎は内心同情してやった。

「よし!!今日のところは解散だ。気をつけて帰れよ、お前等」

一際上機嫌のヤンクミの笑顔に、さらに暗い面持ちを引っさげでD組の連中はとぼとぼと部屋を出ていく。
慎やクマ、うっちぃも教室に用がないから、さっさと帰宅の準備をして後に続いた。出口に差し掛かったところで、ふとヤンクミが目を止める。

「そうだ、沢田……」

目の前で止まるヤンクミにもう少しで体当たりをお見舞いしそうになり、慎は間一髪踏みとどまった。いや、別にこのまま押し倒しても構わないのだが、それはそれでもったいない機会だったかもしれない。

「いきなり止まんなよ」
「よく宿題をしてきたな」

にこにこと笑顔を浮かべるヤンクミに「だから課題だろう」とツッコミをいれつつ、視線を反らした慎の頭に何かが触れる。

「よしよし、よくやったぞ、沢田」

何かと思えば、背の高い慎の頭を撫でているではないか。これには、さすがの慎も驚いた……というよりは正直に照れた。
唖然としてうつむいた慎の頭を数回なでなでするヤンクミは、満面の笑みを浮かべている。

「明日はみっちりと宿題点検してやるからなぁ!!!!」

気が済むまで慎の頭を撫でつづけたヤンクミは、意気揚揚と教室を出て廊下を職員室方向に歩いていった。


あとには、教室の入り口にポツリと取り残された慎がひとり。


「しょ、小学生じゃねぇんだから……」

唖然とした面持ちで慎は、少しばかり照れながらヤンクミが撫でていた頭を手で覆う。

(褒め方にしたって、もう少しあるだろう……)

ドアに持たれるように突っ立ったまま、慎はしばし赤面した顔を己の手で仰いでいた。



さあ、楽しい新学期の始まり始まり。










■新学期が始まってすでに1ヶ月が経過してしまっているのに、今更ですが、「なつやすみ」に続いた感じの話ですかね。一生懸命課題をしていた慎にはちょっと嬉しいご褒美かな、と。日ごろからクールな彼が照れちゃったりして、書いててすごく楽しかったです。思わずにんまりとしてしまった、己。
まぁ、ヤンクミの野暮天っぷりは「筋金入り」ですからね。ふふふっ。