あけおめ










今年も難なく年は明けた。


新年を迎えた……という気持ちの変化などまるでなく、ただ単に一日が過ぎたら年が変わっていたというのが実際だろう。

正月を迎えたといっても大したことはなく、テレビの特番も見飽きて慎はそっとため息を吐く。

「あいつ……なにやってんだろ」

アイツとは担任の先公のこと。女だてらに学校で一番の問題児たちのクラスを束ねているヤンクミのことだ。
少しも楽しくなかった学校生活や日常が、あの女の登場により一変したのは3年になった春のこと。今でも興味は尽きない。いや、尽きるどころか楽しくて仕方ない。こんな冬休みなんて必要ないくらいだ。

その上、今は実家だった。
ヤンクミのおかげ……といってはなんだが、親父とも和解はしていないにしてもなんとなく諍いはなくなった。家の中に広がっていた張り詰めた重い空気がなくなり、お袋も妹もなんだか楽しそうだ。見せる表情に固さがなくなっていた。

それもこれも…………ヤンクミのせい、なのだろうか。






「さっみぃ……」

もやもやとした気分を晴らそうと慎が外へ出てみたのだが、寒い。冬だから仕方のないことなのだが、正月に入って寒さは一段と厳しくなっているような気がする。
寒さで遠出する気にはなれなかったが、だからといって家に戻る気にもなれず、近所をうろうろ。
実家とは言えもう数年もまともに帰っていないからいつのまにか家が増えたり、店が増えたりしていた。だが、一つだけ記憶に残った場所がある。

「………ここは、変わらず、か」

昔、クマたちと遊んだ神社だ。

初詣客の姿がチラチラ見えるが、ほかほどではない。本当に小さな社があり、近所の人間が参拝に来る程度。
よくもまぁ残っているなぁ……と無粋なことを呟きながら慎はゆっくりと階段を登っていった。久々に訪れたはずなのに記憶とはこうも鮮明に残っているものなのだろうか。
『あの木に登った』とか『ここでクマを池に落とした』とか……
幼い自分を幻影のように目で追う。我ながら幼稚な性分をしているという自嘲気味な笑みも懐かしさの前に消えていた。

「こんなことを思い出すのも……あいつの影響だったりして」

いつもいつも顔を付き合わせれば喧々囂々としている賑やかな担任。だが、いつからか居心地の良さを感じていたのも事実。懐かしさに呆けるわけではないが、浸りたい気分にもなる。

「………何やってんだか」

「何やってんだよ、沢田」

ふと呟きを零した慎に声が突然降りかかり、ハッと視線を向ける。
目を向けた先にはいつもは二つに結んだ髪をほどき、眼鏡をかけた担任の姿。さすがにジャージ姿ではなかったが、ジーパンにトレーナーというあまり変わらないほどラフな格好で両手を腰に当てた仁王立ちのヤンクミがいた。
思わずぎょっとする慎だが、顔に出すまでではない。ただ、この場にどうしてヤンクミがいるのか気にはなる。

「………そ、それはこっちのセリフだ」

「私か?私はこの神社の神主とちょっとした知り合いなんだよ。毎年顔だけは出してんだ」

「どーいう知り合いだよ」

ある意味、聞かなくてもわかるような気もするが、一応聞いてみる。

「おじいさんの麻雀仲間」

「あっそ………」

案の定ヤンクミから返ってきた答えに慎はそっと肩を落とした。信心なんてあるわけではないが、なんとなく罰があたりそうな気もする。世の中得てして聞かない方が良い話というものの方が多い。

「………で?」

「なんだよ」

「お前だよ、お前。沢田はこんな所で何していたんだ?」

改めて尋ねられ慎は顔を顰める。別に他意があってのことではないからだ。その上、まさかまさかヤンクミのことを考えていた時に本人に出会うなど思ってもみなかった。

「………別に」

動揺を悟られるようなへまはしないが、さして理由があるわけでもない。気がつけばここに足が向いていただけなのだ。それを説明するのもなぜか気恥ずかしい。

「別に……って、お前のアパートから言えばめちゃめちゃ遠いじゃないか」

首を傾げるヤンクミ。彼女の言う通り、アパートはここからいえば学校からまったくの正反対になる。ヤンクミは正月の間、慎が親元に戻っていることをしらないのだ。

「あぁ、オレ、いまは実家に戻ってるから……」

そう告げた瞬間、にわかにヤンクミの表情が明るくなった。どこかホッとした面持ちにも思えた。
慎とその親父さんのことは担任としても良く知っている。そのために慎が独り暮しをしていることも……。

「そうか。親御さんとこへ戻ってんのか。良かったな、沢田」

「………そうか?」

我ながら意地の悪い質問だ、と慎は内心自嘲する。だが、ヤンクミが気を悪くする様子は微塵もない。むしろ、なんだか嬉しそうだ。

「あぁ、良いじゃねぇか。血の繋がりってヤツはやっぱり大切なもんだよ、沢田。いくらいがみあってる親子でも逆にいえばそれだけ相手のことを気に止めてるってことなんだからな」

「……そんなもんか?」

「そういうもんさ。………さてと、暇ならちょっと付き合え。神主のじいさんも茶菓子くらいなら出してくれるよ」

ぽんぽんと慎の頭を軽く叩きながらヤンクミは口端を吊り上げる。身長差を補うためにヤンクミが慎よりも一段高い位置に立っていることも、今更ながら気付いた。
呆れたように慎は肩の力を抜き、そして不敵な面持ちを浮かべる。いつもの飄々とした態度でヤンクミを見上げた。

「わかったわかった。わかったから頭をなでんな、ガキじゃあるまいし」

「ハンッ、私から見れば生徒はガキだよ」

大人気ない担任に慎はため息一つ零して、それでも彼女のあとをついて上がる。
学校でも家でも退屈を忘れさせてくれる先公についていく。それは彼がはじめて大人を、先生という存在を容認している証なのかもしれない。
それは、慎だけではなく、世間からは問題児としてのレッテルを貼られたクラスメイトも彼女の背を見て歩くのだろう。

(礼なんて言ってやらねぇゾ、ヤンクミ)

などと心の中で告げる慎。


だが、絡まった糸をすべて解いてくれたヤンクミに素直に礼をいう日が来るのも、そう遠くないのかもしれない。









■あけましておめでとうございます、のことを略して「あけおめ」というのは知っていたのですが、「今年もよろしくお願いします」のことを「ことよろ」ということは知りませんでした(苦笑)
新年一号が「ごくせん」です。相変わらず慎はヤンクミに振りまわされてますね。彼女は強いから、がんばってな、慎。
本当はクマとかうっちぃとかを出す予定だったのに……ごめん。