手を繋ぐ








「なんだ、沢田。お前も今帰るのか?」

放課後、たまたま偶然、帰りが一緒になった。少なくとも俺はそのつもりだ。待っていたなんて思われるのは癪だから、適当に時間をつぶしていたらこうなった。

「まぁ、そうだけど」

「うっちぃやクマはどーした?お前だけか?」

相変わらずハキハキとした発音で、やんくみは笑う。大きな目が生き生きとしているのがわかる。こいつはいつもこういう輝いている瞳を持っていた。初めは、どんな時でも濁らない強い目が気になった。目に惹かれた。

「そうだけど……なんだよ」

「いや、お前が一人っていうのも珍しいと思ってな」

「悪いのかよ」

「別に悪いなんて言ってないだろー。なんなら途中まで一緒に帰るか?」

「え?」

唐突な申し出に思わず口篭もる。鈍感なヤンクミのことだから他意がないとは解っているけれど、ちょっとした言葉もオレの脈拍を跳ね上げるには充分だ。

「沢田は一人暮らしなんだろ?私の家とは途中まで方角が同じだからな。真直ぐ帰るなら一緒に帰るか?」

「……別に用事はない」

「そーか、じゃあキマリだな」

そんな笑顔で嬉しそうに言うなよ。
こっちが照れるじゃねーか。

そう思いながらも言葉にすることはできず、歩き始めたヤンクミの後を追う。意外と足取りは軽くスピードは速い。
帰宅途中のサラリーマンやら学生とすれ違う。夕闇がずいぶんと早くなった。
校門を出てしばらくいけば、いつものバス停。朝にはヤンクミが叫びながら下りてくるが、今はバスを待つ人が数人列を作っているだけだった。

「やんくみは、バスじゃねーの?」

バス停を見ていたから、ふと浮かんだことをそのまま尋ねてみる。ヤンクミは一度だけオレの方へと振り返り、不敵な笑みを口端に浮かべた。

「朝はギリギリになるから……でも健康のためには良く歩くのもんさ」

微塵の迷いもない、飾らない偽りのない言葉。
まっすぐ背筋を伸ばして歩くヤンクミを見ていたら、こっちまで楽しくなっちまう。

「そんな年寄りみたいなセリフ吐く年でもねーだろ」

思わず意地悪くからかって見るが、ヤンクミはにこやかに笑ったままだ。

「とーぜん。……でもまぁ、お前らみたいな元気な奴らを追いまわすとなったら体力がいくらあっても足りないからな」

「ホント、ヤンクミだけだ。おれらと真正面からぶつかってくる先公は」

もうずいぶん前のことのように感じながら俺は思わずそうこぼした。
3年D組といえば、何かにつけて先公たちは邪険にし、厭味を言い、そして無視する。どんな行いも「あいつら不良だから仕方ない」と口々に言う。そう言うだけで終わっていた。俺たちの存在を元々ないものと無視するだけで過ぎていた毎日が、ヤンクミのおかげで変わった。時には本気で怒鳴りあい、ケンカもし、泣いたり笑ったり、真剣に生きていると実感できるようになったのも、ヤンクミのおかげだった。

「あたり前だろ。私はお前らの担任の先生なんだからな」

後ろ歩きのまま得意げに笑うヤンクミを見ていたオレの目に飛び込んできたのは電柱。



「おい、前見て歩かねーとあぶねーぜ」


「え?……うわっ」


とっさに手を引いた。

間一髪だったといっていい。寸前でヤンクミの手引いて電柱とのタイマンから遠ざけることに成功した。

「電柱にぶつかる先公ってのもやんくみだけだけどな」

さすがのヤンクミも電柱相手だと分が悪い。そう真剣に考えて、思わず自分で吹き出しそうになる。そんなオレの内心を見抜くように真直ぐとヤンクミが見据えた。

「沢田、早く教えろよ」

少し膨れ面。
口をわずかにへの字に曲げ、不満をその表情いっぱいに浮かべている。視線が少し横にそれているのは、照れているからだ。

「それくらい自分で気づけって……あぁ、悪い」

わざとらしく肩を竦めて見せ、ふと手を繋いでいたのを思い出し慌てて放す。どさくさに紛れて思いもしなかった行動を取っていた。けしてわざとではない……と言い聞かせ、俺は足早に歩き出す。
頬が紅潮するのが自分でもわかるから、今は面を見られたくない。

「なんで謝るんだ?いいじゃねぇーか、手を繋いでいこう」

「はぁ?お、おい……」

柔らかい手がオレの手を掴む。思っていたよりも温かいヤンクミの手のひらに驚いて目を瞬かせた。

「照れるな照れるな。この先の珈琲館によって帰ろう」

俺の驚きを感じ取ったのかヤンクミはにんまりと笑みを見せ、前方の飲食店を指差す。周囲は薄暗くなり始めていた。ネオンが眩しい。

「ヤンクミ。せ、先公が、寄り道して良いのかよ」

「先生同伴だから良いさ。いくぞ、沢田」

ぐいっと手を引っ張ってヤンクミが歩く。振りほどくことも出来ず、俺は言葉少なく後に続く。暗がりだから通行人たちがそれに気づくことはないのかもしれないけれど、俺はうれしいような照れるような妙な心境のまま足を進めた。


先生と生徒……と誰が見えるだろうか?


姉弟?友達?……それとも。





「ったく、ホントこっちが照れるよ」

ボソリと呟きながらも頬が緩むのを止めることはできそうにない。
きっと、幸せそうな面をしているんだろうな……と、諦めたように俺は息を吐いた。




シンクミです。ラヴラヴです……というよりは、慎が意識しすぎなのかな。緊張しっぱなしで、こんなの不敵な慎じゃないよ。ヤンクミは相変わらず「野暮天」で。もう少しも気づかないんだろうなぁ……やっぱり。がんばれ、慎!!!!