池袋ウエストゲートパーク(タカマコ)
携帯電話













陽だまりの中、マコトはベンチでいつものように足を組み、行き交う人々を眺めていた。
次に書くコラムのネタを探していたといってもいい。池袋西口公園、I.W.G.P.は一見いつものように平和に見えた。近頃は大した騒ぎもなく、平穏な空気が広がっている。こんなにのんびりとした気持ちで日向ぼっこをしていれば、例え財布がぺらぺらで寒くても心はホカホカだ。
背伸びついでにベンチの背もたれに背中を預けていると不意に視界に飛び込む影が二つ。双子のツインタワーが厳つい黒のサングラスをかけたまま上から覗き込んでいる。正確にはマコトを見下ろしているだけなのだが、驚くには充分だった。

「相変わらずだな、マコト」

周囲の空気が冷やりとするクールな声が背後から聞こえる。背もたれから飛び起きると若き王様が薄く笑っていた。Gボーイズのキング、マコトの高校の同級生で親友の安藤崇だ。いつもは多忙でマコトのように日向ぼっこなどしている暇はないはずだが、今日はまた一体何のトラブルなのか。心持ち身構えているようなマコトの固い顔を見てタカシは心外だとばかりに肩を竦めて見せた。タカシは音もなく歩み寄るとマコトの隣りに腰掛けると長く引き締まった足を組んだ。

「マコト、これをやる」

無造作に投げ渡された物体にマコトは目を落とす。掌にすっぽりと収まるサイズの黒い携帯電話だった。もちろんまだCMでしか見たことの無いニューモデルだ。

「ん?なんだよ、携帯?」

確かにカッコいい型だが、マコトは話がわからずに目を瞬かせる。今になってなんの携帯電話なのか。

「そうだ。これをもっていろ。金の心配はしなくていい」

「ちょ、ちょっとタカシ、俺はもう一台持ってるぞ。お前だって知ってるだろ?」

勝手に話が進んでいて、マコトは声を荒げた。わけがわからないという顔をしながらマコトは尻ポケットから数世代前の型の携帯電話を取り出してタカシに見せる。

「知っている」

視線の端でその携帯を見て、タカシは軽く頷いた。今まで連絡を取り合っていた携帯電話だから知らないはずはない。ますますわけがわからなくなってマコトは首を傾げた。

「なら、わざわざ新たに持たなくても……」

「これは、俺専用だ」

マコトの言葉を遮って、若き王様はどこか勝ち誇ったように告げる。鳩が豆鉄砲を食らったような唖然とした面持ちでマコトは言葉に詰まった。

「え?」

素で疑問符を投げかける。その反応がマコトらしくてタカシは微かに口端を笑みの形へと吊り上げた。そうしてマコトの手の中で遊ばせていた新しい携帯電話をその手ごと握り締める。冷たい携帯と冷えたタカシの手でサンドされ、戸惑うマコト。その耳元で笑いながらタカシは続ける。

「いちいち取り次ぎを会すのは面倒だと言ったのはお前だろう?」

覗き込む目が間近にある。からかいを含んだ表情だが研ぎ澄まされた洗練さのあるタカシの顔は近くで見るとより鮮明にわかる。マコトは視線を自分の手元の携帯電話へと移した。

「それは言ったけど……」

マコトは口篭もった。確かに電話をかけるたびに違う受付がでるものだから、不思議になって聞いたこともある。お前のところには一体何人の取次ぎがいるんだ?って。だが、そんな冗談がまさかこういう形で手元に戻ってくるとは想像もしていない。

「これならダイレクトに俺に繋がる」

タカシはそういって自分の親指で自分の胸を指差した。

マコトはトラブルシューターだ。それはタカシが関わっても関わらなくても何かしらの事件には必ずマコトの名前があがる。
マコトのことを評価こそすれ、決して見縊っているわけではない。マコトの過保護を買って出ているつもりはないのだが、トラブルに巻き込まれる確率が桁外れな分、名前も顔も売れやすいというのがこの街だ。
自分の目の届く範囲なら少々の無茶も心配する必要もないが、目の届かない時に灰色から黒により近い領域でマコトがトラブルに巻き込まれ怪我や死ぬようなことがないとはいえない。それほどマコトの名前と顔は本人のあずかり知らぬ所で広告されてしまっているのだ。タカシの危惧はそこにあった。

「……わざわざそのために?」

「そうだ。何か不服か?」

チラリとマコトが上目遣いに見た。その顔はタカシの心中など十分の一ほども察していないように見える。
タカシが口に出して説明してもいいのだが、「面倒臭い」の一言で片付けられるだろう。自分のことにここまで無頓着なところがマコトらしいというか、なんというか。周りの気苦労を少しは教えてやるべきか、タカシは真剣に思案する。

「いや、不服なんてねぇけど……こういうのって、なんか」

マコトにしては珍しく歯切れが悪い。それが気になってタカシはわずかに目を細める。

「なんか、なんだ?」

「……いや、なんでもない」

明らかにマコトは言葉を濁している。それが面白くないからタカシは足を組みなおした。一気に周囲の気温が下がるような感覚。クールなキングは真剣になればなるほど放つ気配もクールになる。

「言いかけたのなら、最後まで言え」

「別に……大したことじゃない」

「マコト」

「わかったわかった、言うって」

名を呼ぶ声音の冷えた感覚にマコトは声を荒げて両手の平を向けた。降参のポーズ。だが、改めて口にするとなると妙に緊張するのかマコトはそわそわして携帯電話を手の中で弄ぶ。いつもタカシの周りは防音装置でもあるんじゃないかと思うくらい静かだが、このときは更に心臓の音まで聞こえそうでマコトの歯切れはことさら鈍い。

「……なんかその……れるよなって」

「聞こえんな」

タカシの楽しげでクールな声。聞こえていても聞こえない振りをしているのがばればれだ。マコトはガリガリと頭を掻いた。

「あぁ、もう!!!……照れるって言っただけだ」

「反応が初々しいな」

「初々しいって……あのなぁ」

タカシが言うとなんか妙な感じがする、とまではマコトは言わなかった。完全に遊ばれている気がするが、何を言ってもタカシの思惑内に思えて黙り込む。

「照れるな照れるな」

案の定、タカシからはからかいの含んだ笑い。覗く白い歯が綺麗に並んでいた。マコトは膨れ面を見せながら新しい携帯電話を尻ポケットに突っ込んだ。

その時、ツインタワー1号の懐で別の携帯電話が古風な音を立てる。今時黒電話なんてマコトの店にもない。それが合図になったようでタカシも組んでいた足を解き、立ち上がった。公園の向こうには見慣れたRV車が止まる。どうやらお迎えが来たらしい。


「いいか、俺にはなんの遠慮もするな。何かあればすぐにそいつを使え。わかったな、マコト」

タカシは去り際にマコトの耳傍に顔を寄せると、いつになく真面目な清々とした風のような冷たさと温かさを含んだ声音で念を押す。

「わかった」

マコトも二つ返事で頷いた。突然吹き込んだ北風のようにタカシはそのまま車へと乗り込んでいく。ドアが閉まる前、マコトの方を見て額の前で片手を振った。













おまけ

後日、Gボーイズの誰かが

「これでマコトの動きは手にとるようにわかるな」

という上機嫌なキングを見たとか、見なかったとか。







タカシ、専用の携帯電話をマコトにあげてどーしようというのかな(笑)。GPS付きとかだったらマコトの行動まで筒抜けだよ。 この日を境にマコトの携帯電話は増えていったらしいというお話。