| オブラートに包んだエゴイズム |
「これってお前のじゃねぇ?」 「あっ、ホントだ。俺のじゃん」 「同じもんばっかだから名前か、印でもつけとかねぇと間違えるんだよ」 「そーだな、なんか目印になるものでもつけとくわ」 そんな会話を何気なく耳にしていた。 持ち物に名前を書くなんてことは今の小学生でもやらないことなんじゃないか、と思ったが、誰ものなのかはっきりさせるためにその目印をつけておくというのは大人も子どもも共通のルールだ。 名前を付ける。もしくは印をつけることによって、それは自分のものであり、また誰かのものである、ということを示している。見失わないように、間違えないように自分がそれだとわかり印をつける。 そうして俺達はこの人だらけの社会で自分と他者の区別をつけて生きている。 だが、最近は名前が書いてあっても、印がついていても、自分の物ではないものを自分のものだといって取り込んでしまう者が増えているような気がする。 そこに書かれている言葉の意味を理解せず、己の欲求に任せて取り込む。そして、飽きればまた何事も無かったかのように投げ捨てて、次に自分の興味を引くものへと眼を向ける。 雨が降れば、傘をさし、傘立てにある傘は好きなモノを持っていく。それに持ち主がいることなど意識もせずに。 並んである自転車はどれもご自由にどうぞ。そう書いてあるはずもないのに、気に入った自転車を持っていく。鍵をかけていない方が悪いと捨て台詞を口にして、次の目的地までの足代わり。使い終われば適当に他の誰かが持っていく。 意識をしていないのか、それともわかっていてやっているのか。 そんなことはわからない。 それでもそういう連中は、「誰だってやっているんだから」と減らず口を言うのだろう。 この時代には、名前も印も目印もすべて同じ扱いなのかもしれない。 「キング、どちらにつけましょうか」 不意に運転席から声が上がり、俺はそっと溜め息を零して車窓かに見える景色へと目を向けた。 「あぁ、ウエストゲートパークへ」 いつものあの公園に、今日もあいつはいることだろう。 やがてたいした振動も無く止まった車のドアが開くと、いつもと同じところに座ってあいつは俺の方を見ていた。平日の日中だというのに回りはサラリーマンや勧誘、不健康そうなガキたちや学生服姿の女子高生、さらにはヤクザ者が闊歩している。相変わらず騒々しいところだ。 「お前は一人でいるってことはないんだな、タカシ」 俺と目が合うとマコトは口端を笑みの形に吊り上げて、何度目かの悪戯めいた挨拶をした。本人は皮肉をこめているらしいが、それか皮肉に感じないのはセンスの悪い冗談のせいか、はたまたマコトのせいか。 それを流して隣りに座り、排気ガスに包まれたビルの谷間の小さな公園から歪な形の空を見上げた。青さが眩しい空にのっぺりとした白い雲が間延びしている。マコトの傍にいるときはなぜか時間の流れが緩やかに感じた。 「お前の方が何かと忙しいんじゃないのか?」 ベンチの背もたれに手を置いてそう告げるとマコトは途端に苦笑いを見せる。トラブルシューターとは良く言ったもので、『池袋サンシャイン内戦』後マコトに対するそういう話に事欠かない。よっぽどG-ボーイズの集会よりも面白そうなネタばかりだ。 「また、ばれてるみたいだな」 「まあな」 曖昧に返答して俺は足を組んだ。 G-ボーイズにまで鉢の回ってこないヤマも自然と俺の耳には届く。話を聞くたびにマコトの存在が遠くなるような気がして、時々顔を見に来るのはココだけの話し。 ただこうして並んで他愛もない話をしているだけで気が紛れるのは、どんなに時を置いてもマコトは変わっていないことが実感できるからだ。それは、わかっている。 積もる話があるわけではないので、前回のG-ボーイズが絡んだ事件の顛末を聞こうとした時、携帯の着信音が雑踏に響く。 「あ、ちょっと待ってくれ。……はい、マコト。……んあ?そんなもん自分らでなんとかしろ」 俺に断って、電話に出るとすぐさまマコトは声を荒げて切った。あまりにも短い通話だったが、その様子から察するにこれが初めての相手ではないようだ。 「なんの話だ?」 「いや、ちょっとした野暮用……って、はい、マコ……よかったじゃねぇか、戻ってきて。ああ、大切にしろよ」 すぐさままた別の電話がかかり、マコトは慣れた様子で出る。今度も内容はわからないが、交流のある相手らしい。トラブルシューターというよりもトラブルメイカーな気もするが、マコトは「よかったよかった」と自己完結して電話を切った。 「今度は?」 「いや別件の……あんまりたいした話じゃ……はい、マコト。あぁ?何だよ。平岡?最近見てねぇよ」 会話途中を三度目の携帯着信音で邪魔されて、俺は思わず呆れながら肩を竦めた。今度もまた違う人物からの電話らしい。この様子だとマコトが巻き込まれているのは俺の耳に入ってきている事件だけではない気がする。 疲れた様子で電話を切るマコトの横顔を俺は同情半分で眺めていた。 「……たいした人気だな、マコト」 「少しも嬉しくない」 俺の言葉を皮肉と取ったのか、マコトは頬を膨らませて否定する。 その即答ぶりに思わず俺は声を立てて笑ってしまった。相変わらず巻き込まれているようだ。 「あ、マコトさんとG-ボーイズのキングよ」「ホントだ、カッコいい」 「ヘッドに連絡しとけ、マコトさんがウエストゲートパークにいるって」 公園内でのそこここからそんな声が耳に入ってくる。雑音よりも耳に着くのが気になった。ここでのんびりしていられないのは俺ではなくむしろマコトの方ではないのか。 トラブルシューターとしてマコトのことを公にしてしまったのは言うまでもなく俺で、そういう意味での後悔は覚える。だが、素質的な要素としてマコトにはトラブルに巻き込まれる性質も含まれているのではないか。 「よお、マコト。相変わらず暇そうだな」 羽田組で今では立派なポストに座っているサルが前にあった時よりも整ったスーツ姿でやってきた。確かに羽田組の事務所がこの界隈にもあるにはあるが、こうもタイミング良く姿を現すのが気に入らない。 「うっせえな、サル」 「サルっていうな、しばくぞっ!!!……と、G−ボーイズのキングもか。こんなところで珍しいな」 そこで初めて俺に気付いたかのようにサルは俺を見て、口端を笑みの形に歪める。なぜかそれまで感じなかったマコトをとりまく一連の傾向に胸の内がムカムカする。名前を書かなかった自分のものを他人が踏み荒らしていく感覚。 「モテモテじゃないか、マコト」 これは本当に皮肉だった。マコトにはなんの関係もないはずなのに。 「嬉しくねぇって……なんか『池袋サンシャイン内戦』以降ずっとこんな感じなんだよ」 気付きもせずマコトは大袈裟に溜め息をついて肩を落とす。相変わらず「面倒臭い」と零す姿は変わらない。 曖昧に誤魔化すように足を組替えた先で、先ほどからこちらに熱い視線を送ってきていたガキが3人、形なりにも恐縮した様子でマコトのところへやってきた。 「あ、あの、マコトさん、背中にサインしてくれませんか」 差し出すのは黒のマーカー。これじゃあまるで芸能人か。 俺の顔を知らないところを見ると池袋界隈の人間ではないのだろう。こいつら以外にもウエストゲートパークにはマコトを目的とした連中からの視線を感じる。半数には俺も含まれているだろう畏怖と、だがマコトに対する視線は憧憬。 立ち上がったという意識は頭に無かった。 「ああ、面倒臭せぇなぁ、一度に言うな……ん、タカシ?」 そういいながらもマーカーのキャップに手を伸ばすマコトが不思議な顔をして俺を見上げる。驚くように見開いた瞳が俺を捕らえる。 これはある意味、嫉妬なのか、執着なのか。 「痛ぇーっ!!」 マコトの荒げた声に目が覚めたように我に返る。口の中にかすかに広がるのは鉄の味。マコトの首筋にくっきりと残った俺の歯型。 「あーあ……やったよ」 サルが溜め息混じりに呟くのが聞こえた。 「なにするんだよ、いきなり……っ痛ぇ、血が出てる」 涙目で抗議の声をあげるマコトとそれをみて目を瞬かせながら硬直しているガキ、そして唖然とするツインタワーやその他大勢。 突然、歯を立てた理由がなんなのか、そんなことは自分の中で考えるまでもない。名前や目印がないから誰も彼もがやってくる。ならば、知らしめてやらないと。 「こいつは、俺の。わかったな」 この歯型は俺のモノ。例えガキ臭いと笑われても、無くなってから後悔するよりはマシだ。 「「はい」」 サインを求めたガキらも、遠くからひそひそ見詰めていた女子学生も、慌てるように公園から逃げていく。その姿に心持ち胸の溜まっていたもやもやも吹き飛んだ気がした。 「何怒ってんだ、タカシ?」 「さぁ、別に怒ったわけじゃあないだろうよ」 首筋を押さえるマコトとニヤニヤ笑うサルが顔を見合わせて互いに肩を竦める。 マコトはわかっていないが、サルには勘付かれたかもしれない。それでも良い。いや、その方が良い。 マコトの首筋に残った歯型はしばらく消えないだろうし、いろんなやつらの牽制にもなるだろう。 持ち物には必ず名前か印をつけましょう ――― 、か。 まったく、その通りだ。 どこか「オブラート」なのか(笑)なぜかキングがこんな感じにばかりなってしまう。自分の中でキング→マコトは絶対だからか。サルがいろいろと察しすぎ(笑) |