眠りに落ちる時






聞きなれていたはずの着メロだったが、かかってきたのは久々で思わずディスプレイを確認してしまった。




――― 京一

そう並んだ二文字に見知った人物の顔が浮かぶ。

京一。今は池袋に住んでいないものの、サンシャイン通り内戦の時には、タカシと激しく対立したレッドエンジェルスのヘッドだった男だ。物静かな面持ち、流れるような動作その冷えた身体の内に秘めた熱さ。ダンサーとして確立している優雅な動きは今でも脳裏に焼き付いている。

「はい、マコト」

『……久しぶり、誰だかわかるかな?』

「おう、久々。もちろんわかるよ。京一は元気にしてるのか?」

俺がそういうと電話の向こうで京一とそっと笑ったようだった。「元気だよ」と声が返って来る。彼から電話がかかってきたのは、あの内戦以来だからひどく懐かしい気持ちにすらなっていた。

あの内戦のこと、それからの池袋のこと、引っ越した京一のこと、そうしてダンスで頑張っているという話。何気ない会話をしながらも、どこか京一の声音に張りを感じられず、俺もまた彼が突然電話をかけてきた理由がわからず話続けていた。

しばらく雑談めいた話を続けた後で、京一は突然押し黙った。顔が見えないから何を思っているのかわからなかったが、戸惑いのような迷いのような複雑な気持ちだけはなんとなく空気でわかった。俺は電話の向こうで京一が言い篭ったのを無言で聞いている。



『マコトは、眠る瞬間を怖いと思ったことはない?』

「眠る時?」

押し黙ったあとの言葉がどこか抽象的に思えて、俺はただオウム返しに尋ねた。京一は少しまた考えるような間を空ける。具体的な意味合いの言葉を探しているような節もあった。

『眠りに落ちる寸前の落ちるような感じ……』

「わかる。あのジェットコースターが急降下するときみたいな、アレだな」

『そうだね。……あの感覚に似ているかな』

「アレが苦手?」

『よくわからないけど……最近特に意識するようになった』

そういったときの京一の声音は先ほどとは比べ物にならないくらい弱かった。
突然の電話が何を物語っているのか、少しずつ俺は頭の中で整理していく。京一の姿を最後に見送ったのはもうずいぶん前だったが、あの研ぎ澄まされた雰囲気と絞り上げた身体からは想像もつかないような声音だ。最近特に、という辺りが耳の奥で繰り返される。何かに追い詰められるとかそういうイメージはわかないが、精神的に戸惑うような何かが彼の中で起きているのは確かだろう。

「……まさか、寝てないってことはないだろうな?」

ふと、そんなことが脳裏を過ぎった。気付いた時には口に出していて、俺自身も驚く。言ったしまったからには京一からの返事を待つしかなかった。

『寝てるよ』

あっさりとそう言葉が返って来る。安堵するよりも更に不安になったのはその声の弱さからか。

「どれくらい?」

『2時間くらいは……』

「足りねぇだろ、それじゃあ」

『……』

思わず声を荒げたら、やはり京一は押し黙った。そう思う節はあるのだろう。

「何かあったのか?」



『マコトはサンシャイン通り内戦のこと、まだ覚えてるか?』

「忘れるはずはない」

きっぱりと告げると電話の向こうで京一が小さく笑うのがわかった。
あの内戦がもたらしたものは良きも悪きも沢山ある。あれを教訓にしている、とまではいわないが、各言う俺だってあれから雑誌の記事を書き始めた。出会いも別れも嫌というほど味わった。

『あの時、おれの隣りに常に【死】があった。まるで隣りにいるようなすごく近い存在だった』

そう話始めた京一の声は、冷たさの中にも凛とした張りのあるものになっていた。
俺はあの時のことを思い返し、初めて京一と出合った時のあのダンスを思い出した。激しさと共に深い暗さが秘められた、まるで自伝のようなダンスを。京一の両親は彼のダンスを身に来る途中で事故に会って亡くなったと聞いていた。天涯孤独の身の上になった彼が【死】に親しみを感じていてもおかしく無い状況だった。

『だが、池袋を離れて生活しているうちに、どんどん【死】はおれの対極に来るんだ。今では【死】に対して怖いと思う。あの時はあんなにも身近だったのに……』

京一の声は戸惑いでいっぱいだった。確かにあの内戦の時も京一にとって【死】は恐怖の対象ではなかった。誰かが死んでいくたびに心が死んでいく、その感覚を嫌いだとはいいながらも、恐れているような雰囲気はなかった。むしろ、自ら飛び込んでいくような無謀さすら感じていた。
眠りに落ちる瞬間のあの落下するような感覚は、京一にとって身近だった【死】の概念と近いのかもしれない。

「あたり前だろ」

『マコト?』

「おれだって死ぬのは怖いよ。いつか死ぬってわかっててもきっと本当に死ぬ時も怖いと思う」

あの内戦の時なんか本当に怖かったんだ、と伝えると電話の向こうで京一が驚いたようだった。確かにあの時の俺は今考えると笑えるくらい無鉄砲に日夜走り回ったような気がする。誰か知ってる奴の血がこの池袋に流れるのは嫌だったから。おかげで俺も痛い目には合ったけれど、あれくらいはたいしたことじゃない。

「それだけ生きてるってことじゃないのか?京一」

生きていく方がきっと死ぬよりも何倍も怖いんだって思う。毎日毎日俺たちはいろんなモノと戦って生きている。それが自分だったり、他人だったり、仕事だったり、遊びだったりするだろう。それでも頭を働かせ、身体を動かして、地道にこなしていく。喜怒哀楽だけでは表しきれない感情とも戦って、そうして少しずつ前へと踏み出していく。毎日が戦いだ。時には後退することだってある。それでもいつか前進できればいいのだ。
俺なんて毎日恐ろしい母親から逃げ回るのさえ戦いだと思っている。失敗すれば、立ち直れないほどのダメージも食らうし、成功すれば少しだけ幸せだと感じる自分がいる。そういう日常が誰にだってあるはずだ。





『おれは……生きているんだな』


「そうだ、生きてるから怖いんだよ。目を開けてたって、足を踏み出すのは誰だって勇気がいるんだぜ」


俺なんか毎日ドキドキしながら走り回っている、と付け加えると京一は意外そうな声をあげた。幾分元気そうな声音になっている。それだけで内心ホッとした。京一はやっぱり少しずつ前向きに自分の人生と向き合っているんだと、彼の声がそう思わせているから。

「眠れないなら俺ん家に来いよ」

『それも良いかな』

「おう、いつでも来いよ、部屋狭いけどな」

京一の声は嬉しそうだった。
独りで眠るから怖いんだ。誰だって、いい大人になったって、独りでいる時の孤独感は肌寒い。そう言うときは誰かとくだらない話でもしたらいい。溜まったものを吐き出して、またすっきりとすればいい。少なくとも俺ならそうすると思う。




『前に言ったこと覚えてるか?』

前にといえば池袋から引っ越した時のことか。わざわざ俺に挨拶をしに来てくれたっけ。
初めてあった時も、ちょうど聞いたことのある音楽だといったとき、京一が驚きながらもすごく嬉しそうな顔をしたのを覚えている。彼は本当に音楽とダンスが大好きなんだ、と。

「あぁ、もちろん。朝まで音楽の話をしよう」

それじゃあ寝れないな、と思わず笑った俺に京一は少しばかり照れたような声言う。「ありがとう」と。その声が初めて聞くくらい柔らかくて聞いたこっちまでが照れそうになる。それでも無性に嬉しくて、「今度会おうな」と約束してからウエストゲートパークの空を見上げた。



相変わらずみんな精一杯で、ごった煮状態のこの街が俺は大好きでたまらなかった。
















京一とマコトで。気持ち原作風味ですが、印象的にはドラマも強いな。