コンクリートジャングルの桜






時よ、止まれ。お前は、美しい。



もし、今、目を開けた時、飛び込んでくるのは透けるように青く、雲ひとつない空と、薄紅色の桜の花びらだけだったとしたら、誰もが思わずそう叫ばずにはいられないのではないか、と。








「何の話だ?」

返って来たのは春先に吹く北風を思わせるクールな声だった。一見して雰囲気の違う覇気を身にまとい、静かに足を組んで座っていた若き王様が眉を寄せている。

「日本人で良かったな……って話さ」

隣りに座ってぼんやりと空を見上げていた若き果物屋は歯を見せて笑った。

「なんだ、それは」

呆れ交じりの溜め息を零し、クールな王様は絞りあげた長い足を組み替えた。それだけで充分様になるのが悔しいとはマコトは思っても口にはしない。庶民は庶民で適当なのが良い。

こんな池袋の真ん中では、テッシュ配りに勧誘、呼び込みの声、車のエンジン音にクラクション。ヒールの小刻みな音と薄い革靴の底を引きずる雑音が耳から離れることはない。見回せば目に眩しい色彩服の人間たちが西へ東へと動き回っている。見分けのつかない流行を追いかける女たち。ふらふらしている若者。時折通る強面に人の群れが自然と避ける。だが、足早のサラリーマンが携帯電話に謝る姿はもっとも多い光景かもしれない。
とてもじゃないが、ゲーテの「ファウスト」に登場するファウストとメフィストに思いを馳せるなんて状況ではなかった。

「お花見お花見っていうけどさ、花は大抵『桜』だよな?」

季節は花見シーズン真っ最中。テレビをつければ都内はもちろん全国各地のお花見予報を展開している。家でも充分花見ができそうなほど特番も賑やかだが、土の地面よりアスファルトの路面が大半を占める池袋ではそういうわけにはいかなかった。その癖、人だけはどこから湧いてくるのんわからないくらい多い。花を見に行くというよりも人を見に行くようなものだから、マコトもずいぶん花見などいった記憶はない。ただ酔った客相手に土産の果物を法外な値で売るのはいつものことだが……。


「今時、桜の花を見て喜ぶのはお前くらいなものだな、マコト」

「悪かったな、餓鬼で」

皮肉と取ったマコトが開き直ってベンチの背もたれに沈みこんだ。その様がいかにもガキっぽくてタカシは息を吐き出して笑う。クールな王様には珍しい顔だ。

「そうじゃない。今日び、花見は『酒を飲んで暴れるだけ』の口実にすぎない。誰も花など見ていないということだ」

笑いの余韻に肩を震わせながらそれでも声音はいつもの王様に戻っている。
タカシの声は、いつだって氷が張るほど冷たい。そして口から出る言葉も現状を一番リアルに突きつける。そこには飾り気など無い。シビアな世界で生きていくからには当然だった。

「そんなことないだろ?」

「そんなものだ」

真顔で首を傾げるマコトに薄い笑みを覗かせる。甘いことが悪いとは決していわない。マコトの最大の長所であり、最凶の短所がそこだとよくわかっている。
喰うか喰われるかのこの街にもマコトのような男の存在は必要不可欠だし、何よりマコトといる時だけが唯一『Gボーイズのキング』ではなく『安藤崇』でいられる場所なのだと自覚していた。

マコトはしばらく何かを考えるような顔をして人の流れを見ていたが、沈み込んでいた身体を起こし、ベンチに座りなおしてタカシの横顔を凝視した。

「……タカシ、お前もそうなのか?」

そう、という言葉が差す所が何処なのかわずかに思考を要する。が、すぐに自分の言った花見の話にぶち当たりタカシは「あぁ」と小さく頷いた。

「オレか?……オレは、花を見て感動したことなんかない」

さらりと告げられる抑揚の無い声にマコトは言葉につまった。タカシのいう言葉はそのままの意味でしかない。花を見て心を動かされた経験のない者に、何を説明しても同じだけの理解を求めることをできない。人が個々である限り、感じるものもまた違う。と、それはマコトにもよくわかる事なのだが、「そうか」と素直に頷いてしまえるほど単純にはできていない。
そんなマコトのモヤモヤした心中を見抜いてか、タカシは突然口端を笑みの形に吊り上げた。

「だが、桜を見て一喜一憂しているお前を見るのは嫌いじゃない」

「え?」

殊のほか穏やかな声にマコトは唖然として目を丸くした。その顔に笑みを見せたまま白い歯が覗く。

「どちらも人目を惹くということだ」

「……それって、褒めてるのか?貶してるのか?」

「褒めているに決まっている」

「……嬉しくない」

茶化されているようで、マコトは頬を膨らませた。タカシが敏いとは知っているが、何もかも見抜かれているようで面白くない。
そもそも花見に無関心な割に、花見で騒ぐ自分が面白いというのはどういうことなのか。マコトは自然と眉間に皺を寄せた。いつもなら冗談を言うのはマコトの方で、冷たくあしらうのがタカシだった。これも何かの冗談だと笑ってしまう方が良いのか、悩んでしまう。

「素直に喜んでおけばいい」

そんなマコトの困惑など知ってか知らずか、池袋のキングは笑いながら立ち上がった。すらりと高い背と整った顔。纏う覇気すらクールなタカシが笑っている。マコトはつられるように立ち上がり、ビル郡に囲まれたコンクリートのジャングルを見上げた。
桜の花など見えはしないが、それでも春めいた季節の到来は静かにやって来ている。そんな雰囲気を何気ない会話から感じたといったら、こいつは笑うだろうか。

お互いがお互い、そんなことを思っていたりする、春の午後だった。
















遅ればせながら花見ネタ。花見てないですが、タカマコです。ちなみにタカシのいうことは全部『マヂ』ということです(苦笑)