低俗モラル













モラルのある人間。モラリスト。

少なくとも、俺はそんな高尚な人間なつもりはない。

この世の中が回っていく中で、必要不可欠なことだとは思うが、それだけで丸く収まるならば世界中は今日も平和な一日を送っているだろう。テレビをつければ毎日のように繰り返される血なまぐさい出来事ばかりが流れている。それに聞きなれている俺たちもいい加減【モラル】なんて言葉の意味すら忘れていくのかもしれない。

必要だとはおもう。

だが、それがすべてに当てはまるかといえば、答えは違ってくる。





「マコトは?」

「奥のソファーで寝てますよ、3日も徹夜だったらしいんで」

「知ってる」


一条からの返事を聞くまでもなく、俺は目的の場所へと歩き出した。無機質な廊下が少し続き、角を曲がると見慣れた暗色のドアが並んでいる。その一番奥が俺の仕事部屋(というほど滞在時間は長くないが)だ。

ドアノブを回すと、言葉の通りマコトが俺の部屋にあるソファーにほとんど倒れこんだまま眠っていた。あまりに深い眠りなのか、寝息も聞こえないほどだ。唯一胸が上下するのを見て、単に眠っているのだという事実を知るくらい。

「わざわざ隅に寝るな、マコト」

いろんな相手との商談に使うからこの部屋には真ん中の小さな長方形のテーブルを挟んで黒本皮のソファーがコの字型に並んでいる。だがマコトが寝転がっているのはそれではなく、部屋の一番奥、つまりドアから入ったら左奥になるか、身内の部下たちが待機しておく椅子代わりのものがあるのだが、それに突っ伏していた。
前に来た時にも、どこでも遠慮なく寝転がったら良い、と言っておいたのだが、貧乏性というべきか、マコトらしいというべきか、このなんの変哲もないソファーが好みらしい。

「まぁ、当然といえば当然か」

先ほどからピクリともしないマコトの脇に腰掛けて、俺は思わず苦笑いを零した。
この3日間、ほとんど不眠不休で働かせてしまった原因の一つは間違いなく俺にある。G-ボーイズのガキたちを生かして守るための口上だったが、マコトは相変わらず余計なことに首を突っ込んで、そうして解決するまで手を放さない。その結果がでるまで丸々3日かかり、尚且つマイナスカードをプラスに変えた。

「マコト……お前はなんで」

そうまでするんだろうな。

口をついて出そうになった言葉の続きを俺は無理矢理飲み込んだ。

きっと、マコトは俺からの依頼じゃなくてもこなすだろう。嫌だ、面倒だ、といいながらも、巻き込まれれば前向きに取り組む。どんな相手にも自分のやり方で筋を通しながら進んでいく。その姿を頼もしいと感じながら、どこか寂寥感を覚えるのは気のせいじゃない。

「ん?……タカシ?」

今まで微動だにしなかったマコトが不意に薄目を開けた。寝ぼけ眼だが、はっきりと俺の存在を認識している。

「起こしたか」

「いや、別に……」

そう言いながらまだ眠気の去らぬ頭を軽く振ってマコトは半身を起こす。

「そうか」

呟いた俺の顔をしばらくて見上げていたが、マコトは手荒に頭を掻きながら首を傾げるような仕草を見せた。

「お前さぁ、俺の顔見ながら何考えてたんだよ」

唐突な言葉にマコトの意図がつかめず俺は閉口する。寝起きなマコトは時々鋭い洞察力を発揮することがあったが、それが今も健在だとは思わなかった。俺の心中を見抜くのは今も昔もマコトだけ。実に親にさえまともに見抜かれたことはない。どうも俺の場合は感情を表面に表すことが皆無なのだそうだ。
そんな寝起きのマコトは相変わらず俺の顔を見据えている。ぼんやりとした黒い瞳が時折揺れた。

「あんまり難しい顔して眉間寄せて考え込むなよ。皺になるぞ」

俺の額を指先で突いてから、マコトは自分の眉間を指差す。俺はマコトが思うほど難しい顔をしていたのだろうか、そんなつもりはまったくなかったが、それをあっさりと厭味もなく指摘できるのもマコトだけだった。

「お前がこのまま起きなかったらどうしてやろうか、考えていただけだ」

俺は薄く笑って見せた。途端にマコトは目を瞬かせる。
茶化しているように聞こえたかもしれないが、少なくとも半分は冗談ではない。あのまま無防備に寝られているとこちらの心境としてもヤバイのは目に見えていた。

「よかったな、襲われる前に目が覚めて」

少し皮肉をこめて告げると、マコトは首を傾げる。危機感というものを少しは意識した方がいい。そんな苦言すら脳裏を過ぎる。

と、ふとマコトの掌が俺の頭を撫でた。

「タカシ」

顔を上げるとより近い位置にマコトの顔がある。眠気はまだうっすらと影を残しているが、真摯な顔つきに俺は目を細めた。冗談を間に受けるとは思っていないのだが、妙なことでも口走ったか。


「俺に借りができたとか考えるなよ」

そう言って、動きの止まった俺の額にデコピンをした。


金なんて要らない。礼も要らない。
こっちが好きにやったことだから……お前は気にすんな。


貸し借りとか、そういう小さなことを気にする男じゃなかった。損な役回りをして、貧乏くじを引いても、「面倒臭せなぁ」と笑いながらもマコトはやり遂げる。今も昔もそれは変わらず、か。




「なぁ、マコト」


「なんだよ」




「今から襲ってもいいか?」


憮然としたマコトを俺は素直に抱き寄せた。















呟き:タカマコのつもり。どうもタカシが多弁になってしまうな。
タイトル * 「中途半端な言葉」さま より