距離













ふと気になったのは、マコトと再会した時だった。

中学の時に「サル」と呼ばれていた俺から見れば、マコトという奴はどこか掴みどころのない不思議な奴だった。飄々としているようで意外と垢抜けていて、そして時々驚くほど真剣な目をする奴だった。
俺はこの背格好だ。典型的ないじめられっ子だった。中二の時にはいじめがひどくて登校拒否になり、そのまま家の中で中学を卒業した。もちろん高校なんざ行っていない。街でぶらぶらしていた時に組の兄貴に誘われて、この世界に飛び込んだ。痛い思いの方が多かったが、それでも『存在しない』扱いを受けるよりよっぽどマシだと思っていた。

「なんだってさ……おい、サル?」

「あ?あぁ、悪ぃ、考え事してた」

唐突にマコトに話を振られ、俺は焦った。なんせ気になっていたことばかりに集中していてぜんぜん聞いていなかったのだ。そう告げた俺の顔を見てマコトはあからさまに眉を寄せた。

「お前、おかしいぞ?」

「こいつがおかしいのは今に始まったことじゃない」

背筋が凍るような冷えた声がかすかに笑ったように聞こえた。
池袋の王様こと安藤崇はマコトと高校の同級生だったらしい。常に動じる事のない冷静な言動は組の人間をも一目置かせる存在だった。この男の奇妙な特徴は、興味を惹く事柄に対してどんどんクールになって行くことだ。それこそ南極の氷山みたいに。

「うるせぇよ」

俺は軽口に告げて視線を反らした。
店内の曲がやけに耳につく高音のそれに変わっていた。チラリと横目に見れば、マコトと安藤がもう何杯目かの酒を豪快に呷っていた。




気になっていたのは、この2人のことだ。

中学校の時のマコトは、抜き身の刀みたいなイメージがあった。
あの当時、俺は確かにいじめられていた。クラス全体からはもちろん、学年中、いやもしかしたら学校の生徒中からいじめられていた。先公は見て見ぬ振り。なまじ口に出そうものなら、悪知恵の長けたガキの的にされたのだから。
だが、マコトだけは俺のことをいじめたりはしなかった。正義の味方みたく助けたりはしなかったが、目についた時には有無を言わさずいじめていた連中を蹴散らした。あの時の目が俺は忘れられない。G-ボーイズの王様といわれている安藤も確かに裏恐ろしいが、それとはまた違った恐ろしさがあった。

あの頃のマコトは本当に抜き身だった。そして、捨て身だった。



卒業したずいぶん後になって、何かの噂でマコトの家庭事情を耳にした。御袋さんが一人で育てていたということと、実の父の両親からは弾かれていたことを、だ。
マコトが家で見せていた顔を俺は知らなかったから、学校でのあいつは本当に怖かったんだ。まるで容赦がなかった。相手を病院送りにしちまうことだって多々あって、それこそ余所の中学からも目をつけられていた。

だからこそ、憧れすら抱いた。あの迷い一つない強い瞳に。


ヤクザ家業に足を突っ込み、5年以上冷や飯を食って、組長の外娘の一件でマコトと再会した時、俺は正直驚いた。
物腰が中学校の時とは比べ物にならないほど柔らかくなっていたからだ。それはあの頃の折れそうな危うさとは違い、柔軟さと、まるで竹のようなしなやかさを持っているようだった。
俺の知らない高校から今までの、たった数年の間にずいぶんとマコトは変わっていた。他者を寄せ付けない独特のあの雰囲気が消えていて、どこか大きく成長したような感覚を覚える。それは俺にとって唖然とするに足るものだ。



「お前もボケっとせずに飲めよ」

不意にグラスを渡されて俺は目を瞬かせた。マコトが酔った顔ではにかむ。中学の時には見せたことのない顔だが、俺は断然こっちの顔の方が好きだった。戸惑いつつも受けとると「飲め」と強く促され俺は一気に呷った。喉を焼けるような熱さに思わず咽かける。実はそんなに酒は強くない。だが、この職業ではそうもいっていられないから喉越しなど味わう間もなく無理やり飲み込むと、池袋の王様がほんのかすかに鼻で笑ったような気がした。

「なんだ、飲めるじゃねぇか」

「当たり前だろっ!」

何年ヤクザやってると思ってるんだ、と吐き捨てるように言った。マコトは笑い声を上げながら俺の背中をバンバン叩き、何度も「そうだな」と告げた。


ふと視線を向けた時、俺は思わず息を飲んだ。

マコトの肩に手をかけた安藤が目に入る。何気ない風景だろう。それでも俺は気づいてしまった。2人の間にある微妙な距離に。
マコトは「ど」がつくほどのお人好しだが、それでもどこか他人を寄せ付けない領域みたいなものを持っていた。境界線を引いているようにも思える。それはおそらくマコト本人も気づいていないもんなんだろう。他の人間が傍にいても、相容れない距離がある。

だが、安藤が無意識に手をかけたその距離に、俺は愕然とするのだ。マコトが許さなかった距離に奴はいつのまにか入り込んでいる。クールな王様が熱く雄弁に語る様子をマコトが興味深げに聞き入っている。


ああ、よりによってこいつかよ。


俺は腹の底で唸った。マコトの隣りに肩を並べて、そうして互いが互いを認めている。そんな相手が池袋の王様なんて……。
報われない恋心は姫の時に経験したけれど、まさにそれと同じ想いを二度も味わう事になるとは……。
不幸なのにもほどがある。思わず信じていない神様に愚痴の一つも零したくなった。


「おい、今日は潰れるまで飲むんだからな」

「おっ、どうした?サル、いきなりやる気だな」

目を丸くしたマコトに俺は返事の代わりにボトルを突付ける。
息を吹き出すように笑う王様を横目で睨んで「あんたもだ」と付け加えるのを忘れなかった。

明日の二日酔いくらい、安いもんなんだよ。















呟き:「タカマコで第三者視点」のリクより。サル視点で。ホンマ、サルって不幸な気がする(苦笑)