ページを捲る手










目を開けて最初に飛び込んできたのは分厚い本のページを捲っている細長い指だった。
寝過ごした、と慌てて半身を起こすと、椅子に座り、長い足を組みながら見たこともない本を読んでいるタカシと目が合う。なんとなく罰が悪くて閉口していると、タカシはニヤリと口端を笑みの形に歪めた。

「よく寝てたな」

寝起きの耳にもひやりとするタカシの声音ははっきりと聞き取れた。半身を起こすと薄いグレーのブランケットがずり落ちる。

「今何時?」

「もうそろそろ日が昇る」

「えっ、マヂ」

慌てて腕時計に目を向けるともうすぐ四時だ。そろそろ空が白んでくる。記憶が正しければここに転がったのは11時を回った頃。睡魔に負けたが、そこまで疲れているつもりはなかった。
慌てるマコトの傍で、かすかな笑い声が零れる。驚いて顔を上げるとタカシが呆れたように笑っていた。
ふと、そこで一つ疑問が沸き起こる。

「まさか寝てないわけじゃないよな?」

「寝た。……でもお前の寝息で眼が醒めた」

「あ、そう……」

悪かったな、とマコトは渋面しながら呟く。タカシは鼻で笑った。

「ああも無防備に眠るな。俺の理性にも限界はある」

「え?」

わけがわからない、という顔にタカシは肩を竦めた。マコトの鈍感具合には慣れている。
例えここで押し倒しても、きっとマコトにはわからない。犬に噛まれた程度には思うかもしれないが、それだけだ。自分のことにはとんと無頓着で、他人のことになるとこの上もなく鋭い。だから本人に意識させるよりも、周りが気をつけてやるしかない。

「その本……」

そんなことを考えていたタカシの心情など気付くことなく、マコトはタカシの手にしている分厚い本を顎でしゃくった。すっかり本のことなど忘れかけていたが、まだページを開いたままだと気付いてしおりをはさんで閉じた。表紙にかかれているタイトルをマコトに見せる。途端にマコトの顔が顰め面に変わる。アルファベットで書かれたタイトル、日本製にしては派手なカバー。洋書だった。

「ここは日本だぞ」

「そうだな」

「……聞いた俺がバカだったよ」

「俺だって全部わかるわけじゃない」

たまたま近くにあっただけだ、と肩を竦めながらタカシは本を傍らに置いた。それにしては半分くらい読んでいたような気もするが。そんな他愛もないことは口にしなかった。

「本を読むのも久しぶりだ」

「そうか?」

「新聞くらいは読むけどな」

少し驚くマコトの顔を見て、心外だとタカシは付け加えた。
確かに王様のスケジュールは総理大臣並だ。分刻みの時よりも秒刻みの方が多い。睡眠も3時間くらいしか取らないというのだから、ナポレオンか、とツッコミたくもなるが……。


「お前の話を聞く方が、よほどためになる」

「冗談だろ?」

真顔で答えたマコトにタカシは苦笑にも似た溜め息を吐いた。こういうところが鈍感なんだ。

「マコト、俺はずっと職を間違えたと思ってる」

音もなく立ち上がり、たった一歩で距離を詰める。そうしてマコトを見下ろしながらわずかに口端を吊り上げた。

「お前と一緒にいるほうが、毎日退屈しなくすみそうだ」

囁くような声にマコトは思わず見上げて、子どもの悪戯が成功したような笑みに絶句する。


外は少しずつ白み始めていた。









*コメント
エセだ。エセ王様がいる。……でもマコトに対してはこんな感じだといいな。