現実逃避のタイムラグ








なぜ、と不思議に思う瞬間がある。


俺は昔から口数が多いほうではなかった。人との付き合いもあまり得意じゃない。できれば関わりあいになるのはごめんだ。
今では仕事上、しょうがなくという方が大きい。

高校の時、始めてマコトと出合った。
同じ池袋近辺に住んでいたけれど、お互いがお互い、はっきりと意識した出会いは高校の時だ。アイツは相変わらず明るくて、クラスでも人気ものだった。男女問わずマコトの周りには常に人がいた。
俺の周りにも確かに人がいたが、それは悪友というヤツか。どこの高校がケンカが強い、とか、誰かがパチンコで補導された、とかまともな話なんてなかった気がする。

いつだって自分のやりたいことをやりたいままに過ごしてきたあの頃。

どうしてかわからないが、マコトとは気が合うようでつるむことが多かったし、アイツは、なぜか俺を見つけ出すのが上手かった。





「はい、マコト……え?タカシがいなくなった?」

店の支度をしていた時、マコトの携帯が聴き慣れた着信音を響かせた。いつものように出るとどこか切迫した様子の声。
Gボーイズのキングの側近からの電話内容は、タカシがどこかにいなくなったという奇妙なものだった。

店番を頼んで池袋西口公園に出てくると、相変わらずの街中は、喧騒に包まれていつもと少しも変わない。途切れない人の流れと見事に晴れた陽気とは裏腹に、まさかキングが失踪なんて洒落にもならない。まさかこの陽気に誘われたなんてことはないだろう。

試しにタカシの携帯へ電話してみたけれど、案の定、電波が届かないというお決まりのアナウンスが聴こえてきただけだった。

「なにしてんだよ、タカシのやつ」

マコトは顔を顰めて小さく呟いた。





風が時折音を立てて吹いていく。眼下には密集した家が軒を連ね、いくつかのビルが無秩序にそびえていた。西口公園ほど人通りは多くない。喧騒もさしてひどくない。
オフィスやねぐらの確保には事欠かないが、気分的に独りになりたいときにはここにいた。



タカシは、かすかに自嘲した。
感慨に耽っている自分に対してか、それとも何か特定のものにたいしてなのか、それは本人にしかわからない。ただ、例えようのない空しさに気付かされることがあった。

――― 我武者羅に走ってきて、一体今の俺の何が残っているのだろうか。

池袋の表と裏の間を縫うように生きてきて、そうしてGボーイズのキングと祭り上げられる。それが望みだったはずだが、今ではなんでこんなことに関わっているのかもわからなくなる。

時折出くわす命の危険に晒されるスリルを味わうためか?
それともガキたちの上で満足げに笑うためか?

すべてが大事で、すべてがくだらなく思える。
すべてを壊して、無くして、終わりにしてしまいたくなる。そんな衝動に駆られる事が間違いなくタカシにもあった。

池袋で名が知られているとはいえ、それはこんな小さな国の、片隅の話だ。
世界を見れば果てがなく、近場を見回せばくだらないニュースばかり。

こんな狭い中で、お前達は一体何がしたいんだ?

そういう思いが、腹に溜まる。ガキのケンカの方がまだマシだろう。年を食っただけの大人が、利権争いに食らいつき、置いてけぼりを食らったガキたちが溢れて夜の街へと流れ出す。テレビやマスコミはこぞって政府の批判と話題を全国へとぶちまけて、視聴率稼ぎにやっきだ。
どいつもこいつも、自分のことだけしかみていない。

そんな腐った世の中を、変えたいと思っていた自分は、いったい今何をしているんだ。



何かを焦るわけでもない。
自分に自信がないはずもない。
プレッシャーに潰されるほど柔じゃない。

それでも無性に、この目に映るすべてを壊してしまいたくなる。そんな衝動にかられると、情けない話、自分を押さえるのが精一杯で、この街のことなど何もかも放り出してしまいたくなる。

逃げるわけではない。
ただ、あまりにも急ぎすぎているから、自分が自分ではなくなりそうな感覚がタカシを迷わせた。キングであることが嫌いなのではなく、むしろ、どちらが本当の自分なのかがわからなくなる。

それに気付いて更に自己嫌悪に苛まれるだけのことなのだが。






「お前、なにやってんだよ」

声は唐突だった。あまりにも突然すぎて幻聴を聞いたのかとタカシは本気で思った。
振り返るとそこにはなぜかマコトが立っていた。息を切らせているのは駆け上がってきたからだろうが、足音を聞いた記憶はない。
なぜココに、と言葉ではなくタカシの態度が物語っていて、それをみたマコトが呆れたように笑った。

「心配するだろーが、ホント」

「……マコト」

名前を呼んだのも確認するためのように思えて、マコトがいつものように笑ったままタカシの傍まで歩いていく。そうして、少しばかり背の高いタカシを見上げて、ポンポンと頭を撫でた。まるで幼子にするように仕草にタカシが渋面していると、キョロキョロと回りを見回した。見回しながら、荒い息を整えようとしているのがわかる。

「にしても……懐かしいな、ココ。高校の時、よく隠れて悪さしてたよな」

そういってマコトは視線を動かす。雑居ビルの屋上。周りは開けて見晴らしが良い。いつのまにか建物も増えてきて昔ほど見えなくなったけど、それでも見覚えのある建物も多い。隣りの神社の楠が変わらず枝を張っている。

「ケンカして勝った後、ここで飲み食いしたし。……誰かがこの柵から落ちかけて」

マコトの言った傍から障ると揺れるほどの腐った柵が不気味な音をあげた。見ればところどころ落ちている。昔の感傷に浸るほどではなかったが、タカシは口端をわずかに笑みの形へと吊り上げていた。

「そうだったか?」

「そうだろ。俺が「手伝え」って言ったのに、お前は「そんなヤツほっとけ」って手を貸さなかったんだからな」

帰ってきたクールな声音にマコトはあからさまに肩を竦めた。そこにタカシを咎める雰囲気はなく、ガキがどこか得意げな顔をしているように思えた。

「お前は相変わらず見つけるのが上手いな」

タカシはポーカーフェイスが戻りつつあるが、声音は思っている以上に柔らかい。自嘲しているのだけかもしれない。


「そう思うなら、今度は俺を誘えよ」

真正面から見据えたマコトの顔は笑っていたが、声は凛とした響きがあった。瞳の強さにタカシは言葉を失う。

最初に、声をかけた後マコトは言った。「心配する」と。あれは誰でもない、マコトの本音だったのだ。誰がマコトに知らせたのかはわからないが、不意に姿を消したタカシをマコトが心配しないはずはなかった。それは自惚れでも自信でもなく、マコトという男を知っているなら、誰でも、だ。
心配をかけたのだ、とタカシは一番に自覚するべきだった。


「今度、消えるなら俺も誘え。一緒に隠れてやるからさ」

そう言ってマコトはタカシの額にデコピンをした。結構怒っていたらしく、あとでヒリヒリするほど痛かったけれど、何もいわなかった。



「覚えておく」

そっと笑みを見せて、タカシは冷えた声でそう告げた。












呟き*なんかタカシがエセすぎる。あー、ごめん。