それでも僕らは歩いてく。





走る車のフロントガラスに打ち付ける雨音はますます強くなっていた。叩きつけるような横殴りの雨が車の中にまで響く。無遠慮に入り込んでくる騒音にタカシはわずかだが眉を寄せたが、それだけだった。

あんな顔で公園のベンチに座っていたマコトを見たときには、正直背筋の凍るような感情が走りぬけた。一瞬にして頭から足の先まで電流が駆け巡るような感覚と似ていた。マコトは濡れきった黒髪が頭に張り付き、その端から雫をたらしている。近くにあったタオルのようなものを荒々しくその頭へ押し付けた。手荒に拭いているとマコトがようやく気付いたようにタオルを握る。顔はあげないまま強く握る拳にタカシは眉間に寄せた皺をさらに深くした。

「タカシ……」

声は掠れていた。掠れていたというよりは、マコトの中に渦巻く様々な感情が噴出さそうとしている。そんな感じだった。
名前を呼ばれたが、タカシは返事をせず、ただそこに座っている。注意深く様子を伺っているといった方が正しい。のろのろと自分の足元へ視線を彷徨わせた。

「……頭くらいは拭け。風邪を引く」

そういってタカシはタオルから手を離した。髪どころか濡れて色の変わってしまったシャツがマコトの身体にぴたりとくっついている。頭に乗せられていたタオルをマコトは掴んだまま、しばらく黙り込んでいたが、やがて鷲づかみするような荒々しさでタオルの端を握りこんだ。明らかに怒りを含んだ感情をマコトが顕にする。

「俺、独り善がりだと、わかってる。……だけど」

「?」

誰に告げているのかわからない。話の意図がつかめずにタカシは目を細めるが、マコトはまるでうわ言のように呟く。

「何の救いにもならない」

「マコト?」

「畜生!」

名を呼ばれたことにも気付かず、声を荒げてマコトは車のシートを殴りつけた。走りながら車体がわずかに揺れる。運転席の一条がルームミラー越しにチラリと後ろの状況を見たが、口は開かなかった。

「なんで……助けられないんだ?」

握り締めた拳が行き場を失って彷徨う。爪が皮膚に食い込んだ。

タカシは一瞬、マコトが泣いているのかとも思った。顔を上げようとはしないことも、噛み締めた唇もそれを必死で押さえようとしている。そう思ったからだ。
だが、不意に向けられた目に涙の色はなかった。代わりにあったのは自分に対する強い後悔の念。それが深くマコトの心に突き刺さっている。いっそのこと泣けたなら、どんなに楽だろうか。

タカシは一度目を伏せたが、次に開いた時にはキングと同じく空気が凍る。

「自惚れるなよ、マコト」

濡れた体が一気に冷えるような声音にマコトは口を閉ざした。それは唐突な雰囲気の変化を不審に思うのではなく、単に言葉の意味を掴みあぐねたからだ。

「独りでできることなどタカが知れてる。いい加減気付くんだな」

「……俺は、お前ほど物分りが良くない」

もっともだ、とマコトにもわかっていた。だが、それを鵜呑みにできるほどまともにできてはいない。顔を上げぬままマコトは搾り出すように言った。
タカシは相変わらず凍りのような気配を保ったまま、マコトを見下ろしている。マコトの前でまでキングの顔をするタカシに一条の方が戸惑う。

「俺はお前を買ってる。それを何度も言わせるな」

「お前こそ買いかぶりすぎだ。俺はそんなたいした人間じゃない」

苛立ちの混じった声で叫ぶように言いながらマコトは真正面からタカシを見据えた。強い眼が、二対の瞳が間近で交差する。どちらも譲る意思はない。それが傍からも感じ取れたからこそ、一条は老婆心ながら口を挟もうとしたのだが、ため息を吐いて肩を竦めたのはタカシだった。

「だが、ダチとしては放っておけんな」

マコトが目を見開いた時にはすでにタカシの腕は肩に回っていた。それは早いというレベルではなく、マコトは唖然としたが、タカシの不敵な面持ちが垣間見える。そのままぐいっと肩口に引き寄せて、タカシは耳元に唇を近づけた。

「俺を甘えさせるのは上手いがな。……お前ももう少し俺を頼れ」

幼子をあやすようにタカシは軽くマコトの背を叩く。

「ダチ、だろう?」

確かめるように告げられてマコトは肩口に額を寄せたまま小さく「サンキュ」と呟いた。


冷たい雨音が車内にも響く。あまりにも無造作に、あまりにも無情に降り続いている。
過ぎていく毎日の中で、それでも流れに抗いながら生きている。いつだって独りだけれど、ずっと独りではない。晴れる日ばかりではないけれど、雨や嵐の時ばかりではない。
そんな傷だらけの日々の中、それでも僕らは歩いていく。









続きでした。なんか全然らしくないんですが。