| 咲かないつぼみ |
夏の空気が街にまで届き始めた。日差しの取り返しと、そして喉を締め付けるような蒸し暑さと、伝い落ちる汗と。 春の穏やかな空気から一転して、夏の暑さは攻撃的だ。それと共に一斉に公園の新緑が、花壇の花が目を覚ましたかのように咲き始める。排気ガスと温風にヒートアイランド現象真っ只中のこの街の中にも、自然というのは逞しく存在していた。 いつものように西口公園のベンチに腰を降ろしている。家の手伝いが一段落して、ブラブラするにもまだ少しの間があいたそんな時間だ。さすがに昼飯時からはずれているので、心なしか人通りの少ない公園だが、俺のようにベンチに座ってのんびりと時間を潰しているような奴はいない。そもそもここは思っている以上に暑いからだ。 伸びた枝が辛うじて日差しを遮ったような木陰。見上げると真上にある太陽が目に痛いから、ベンチの背にもたれるだけだ。何もしていないのに汗が流れてくる。じわりと湿るシャツの感触に不快感を覚えながら、ふと視線を公園の真ん中に移した。 「リカ!?」 行き交う人々の中で、一瞬彼女の姿を見た気がして思わず飛び起きた。 声をあげてしまったから、周囲の人々が奇妙な物を見るような目で見ながら通り過ぎていく。だが、俺は周りの目よりも自分の目を疑う方に気を取られていた。彼女の姿が見えたはずの交差点は人の波に飲み込まれてしまい、探しようも無い。 いや、探しても本当のリカに会うことは二度とできない。 あれからもうどれほどの時間がたったのだろうか。笑顔で別れ、そして金切り声の留守番電話を残し、次にあった時には、冷たくなっていた。多くの人間がすれ違うこの公園で、出会い、笑い、泣いて、そうしてあの事件に巻き込まれた。 街中のデジャヴに俺は唇を噛み締める。会いたいと思う気持ちと、会わなければあんなことにならなかったという思い。複雑な心境が脳裏を過ぎるけれど、それでもリカと出会えてよかったと思う。 彼女のことを可哀想という言葉にはしない。それは、あんなに明るい笑顔を見せてくれたリカを不幸な過去の一部にしたくはないから。 咲かないまま散ってしまったつぼみは、一体どんな花をつけたのだろう。 それを見ることはもう二度と、誰にもできないのだけれど。 すべてはここから始った気がする。 |