交差点の真ん中で






確かにこの街はそんなに広くない。
だから、誰がどこで顔を合わせても、確かに不思議じゃないんだけど。



クールビズのサラリーマンが、ヒールを踏み鳴らすOLが、スカートギリギリの女子高生が、行き交う交差点。
ちょうど昼前だから、混んでいてもおかしくない。赤信号を苛立ちながら見上げ、ようやく青になったから人の流れに乗って歩き始めた。
店まではあと5分くらいだ。昼間だと客も少ないから、どうせお袋はテレビでも見ながら茶でも飲んでいるところだろう。アスファルトの照り返しがジリジリと肌を焼くようで、マコトは額から流れた汗を腕で拭った。本当にここはアスファルトの砂漠だ。ヒートアイランドの中心になった街は、砂漠のよう砂になってしまうのかもしれない。

そんなことを考えながら歩いていると、交差点の真ん中でポンッと肩を叩かれた。肩がぶつかったわけではないから、喧嘩は売られないだろうけれど、面倒な諍いは遠慮したいので、マコトはゆっくりと顔を向ける。目の前でニカッと白い歯を見せて笑ったのはいつのまにか偉くなったサルだった。
この暑さにも関わらずスーツ姿。やくざの世界には「クールビズ」という言葉はいまだ浸透していないらしい。一見するとサラリーマンにまぎれそうだが、着ているモノが違うのは誰が見ても一目瞭然。筋者には傍目でもわかる。

「よお、マコト」

相変わらず暇そうだな、とサルは続けるつもりだったが、マコトの向こうに見慣れた顔を見つけて、嫌な顔をしながら足を止めた。その視線を追ってマコトも顔を向ける。
クロスロードの反対から歩いてくるのは、この暑さにも関わらず汗一つかかない、クールな男。周囲の空気が一気に冷え込んだような気がする。

「なんだ、マコト。暇そうだな」

「え、タカシ?」

こんなまっ昼間から珍しいな、とマコトは素直に目を丸くした。
池袋のガキたちの王様、Gボーイズのクールなキングはからかうように口元に笑みを見せ、マコトの前まであるいてくる。確かにいつもはクールな王様が部下も連れずに歩いていたらさすがのマコトも驚くだろう。だが、タカシが牽制を含めてサルを威嚇する前に、またもマコトの向こう側から歩いてくる人物に気付いて、目を細めた。クーラー要らずの冷え具合だ。
タカシの視線につられて、マコトもサルも顔を向ける。

「おお、マコト。相変わらず元気そうだな」

「あれ、礼にぃ」

軽く手を振ってこの暑い中、堅苦しいネクタイを緩めることなく歩いてきたのは池袋署長、横山礼一郎だった。クールビズが浸透していないのは、警察も同じらしい。とはいえ、さすが池袋署長。着ているモノも身につけているものも周囲のくたびれたリーマンとは違う。
マコトはまたもや驚いた顔で礼一郎を見たのだが、礼一郎の視線は他の二名に向けられていた。

Gボーイズのキング、羽沢組の若衆、そして池袋署長。

なんとも恐ろしい三竦みの図の中心にマコトはいるのだが、一向に気付いていないようだ。スクランブル交差点のど真ん中で鉢合わせた彼らはその場に立ち止まりお互いがお互い、見えない攻防を繰り広げながら足を止めた。


「マコト、暇なら少し付き合え」

クールな王さまの声が更に冷え込んでいるのに気付いてマコトは眉を寄せた。興味があることにはますますクールになる王様だが何がそこまでタカシの気を引いているかマコトにはわからない。ただ向けられた視線の先が礼一郎であることにはなんとなく気付いたようだが。

「マコト、お前この間の件が終ったら、私に奢る話だったよな?」

次いで礼一郎の真面目な声にマコトは目を丸くする。確かにそんな約束をしたけれど、日のある内に署長が飲みにいけるほど暇ではあるまい。冗談と流すにはあまりに真剣な声音だから、目を白黒させるしかない。
タカシが無言のまま鋭い視線だけを礼一郎へと向けた。サルは呆れたようにため息をつく。どうやら不毛な争いに乗るつもりはないらしい。点滅を始めた歩行者信号を横目に見て、もう一度ため息をつく。

「変わるぞ、信号」

親指で軽く指し示すとマコトが「ああ」と頷いた。回りを行き交う人々のスピードも信号の点滅と共に速くなっている。アスファルトの小島に取り残されるのはごめんだが、相変わらず無言で威嚇し続けているタカシと礼一郎をマコトはこのとき初めて気付いた。

「何やってんだよ、信号変わるって」

「お前こっちに来れば終る話しだ」

「マコト、お前は私と来るんだよ」

タカシにぐいっと腕を掴まれて、マコトはタタラを踏む。その反対で礼一郎がマコトのシャツを引っ張っていた。
こんな人目の真っ只中で、しかも信号はとうとう赤へと変わってしまった。あっという間に車は動き出すだろう。なのに、こんなところで野郎に囲まれて騒いでいるなんて、アホらしくてしょうがない。サルは一瞬逃げようかと思ったが、マコトが口をへの字に曲げるのをみて、足を止めた。

「変わったぞ、信号」

とりあえず、忠告だけ口にして、サルは肩を竦める。
高みの見物を決め込む方が良かったかもしれないが、マコト一人放り出していくのも気がかりな上、そのタイミングも逃した。覚悟の決め方が早いのは商売柄だ。
マコトも信号を一瞥してから、掴まれていた腕とシャツの裾から二人の手をはたくと、驚いたような顔を見せた礼一郎とタカシの腕を逆につかみ返した。そして、口を開く間を与えず、家の方向へと引っ張っていく。

「おいっ!」

「ちょっと、マコト……」

「いいから!お前等とりあえず俺んちで茶でも飲んで頭冷やせよ」

暑いからイライラするんだろうが、と呟きながら早足にスクランブル交差点を抜け出していく。すんなりマコトに引かれるままついて行くそれ相応のボス二人をサルは呆れ顔で眺めていた。






マコトが一番強いよな、という話。……え?違う。