涼やかに鳴り響く






朝晩に涼しさを覚え始めた。
このコンクリートに囲まれた街の中にも、喧騒でごった返す道の脇にも、そして、西口公園の草木にも・・・。
鬱蒼とした夏の暑さは、今年は早くに遠のき、妙な経路をたどった台風が数回かすめていって、長雨が続いた後にこの晴れ晴れとした秋空が広がっている。
見上げた四角い空にうろこ雲が覗いていた。

「夏の暑さが恋しくなるな」

思わずそう呟いて苦笑する。あれほど夏の暑さを嫌がって、「とっとと涼しくなれば良い」と口々に零していた、その自覚がなかったわけではない。
過ごしやすくなっているにも関わらず、気持ちがどこか寂しく思えるのも、季節柄なんだろうな。
独り呟いて、店の前を箒ではく。毎日の暮らしぶりが良くも無く悪くも無く、相変わらず俺の懐は寂しいけれど、心はどこか温かくて、それでいて口は悪いが根は優しいこの街がたまらなく好きだと思う。


「なに、ニヤニヤしてるんだ?」

声をかけられるのと道路へ向けていた視線に、この付近には似合わない黒光りしたコンバットブーツの先が飛び込んだのはほぼ同時だった。
顔を上げるまでもなくからかうようなこの口調が誰なのかわかる。いつもなら飄々として北極の氷みたいな声と態度で周囲の羨望を集めているこの街のキングが、何を楽しげにこんなところに来るのだろう。俺は不思議でならない。

「携帯・・・鳴らしてたか?」

箒の手を止めて、顔を上げる。予想通り、何が面白いのが表情こそいつもと変わらないものの楽しげな雰囲気を感じる。池袋のガキたちなら誰もが知っているGボーイズの頭で、キングと呼ばれている。俺の高校から付き合いがある同級生、安藤崇だ。
俺の問いかけにタカシは「いや・・」と言わんばかりに首をかすかに横へと振った。

「まさか・・・1人か?」

キングが1人でふらつけるほど暇はしていないはずだ。タカシは口端を笑みのカタチに吊り上げる。俺の言いたいことなど高貴な王様にはお見通しなんだろう。

「梨を食べに来た」

あっさりと告げられた言葉に俺は思わず目を丸くする。
今、なんて言った。わざわざこんなところの梨を食べに来るか。
タカシの多忙さを俺は理解していたつもりだったが、さすがにこの突飛な行動には面食らう。一条が血眼で捜しているに違いない。俺のところにも連絡が来るのは時間の問題だろう。

「お前のところに来るのに護衛がいるか?」

「また何をしでかしたんだ、タカシ?」

訝しげに眉を寄せて尋ねると、タカシは肩を竦めるような仕草であっさりと流す。唖然とする俺の様子を見て楽しんでいる。なんて悪趣味なんだ。

そうこうしているとポケットの中で俺の携帯が聞きなれた音を上げた。ディスプレイには「一条」の文字。ほら、言わんことは無い。またフラッといなくなって、こんなところに来ているんだ。血相を変えて街中を探し回っているGボーイズの姿が目に浮かぶ。
俺が出ようか出まいか迷っているのを見てタカシも電話の相手を察したのだろう、俺の携帯を目に映らないほどのスピードで容易に掠め取った。

「お、おい・・・」

俺が声を掛けるよりも早く電源をあっさりとOFFにする。放り投げられたこともあったから、それよりもずいぶんマシだが・・・。唖然としてタカシを見れば、首をかしげる始末。性質が悪い。

「しばらくキングは休業か?」

「そうだな」

薄く笑って悪びれた様子もなく告げるタカシはどこか高校の時のあの頃に似ていた。張り詰めた氷のような雰囲気はそのままに、垣間見せる笑みとか白い歯とか、そういう表情の変化がタカシには珍しいことなのだということに気づかされたのも、卒業した後の話。もちろんGボーイズのキングなら、そんなものは無いも同然なのだが・・・。

「梨・・・」

ひょいと店頭のかごから梨を一つ手でつかむと、タカシは悪びれた様子もなく俺の前に差し出した。普通の俺のダチがそんな真似すればおふくろが文字通り鬼の形相になるのだが、タカシは別格らしくむしろ「全部食べていい」とまで言うのだから、女ってのはよくわからない。

「そっちはまだ早いんだよ・・・奥に食べごろなのがあるから」

ちょいちょい、と手で招くとタカシはどこか嬉しげについてくる。キングと同一人物とは信じがたい。というか、知る者が見ればギョッとするはずだ。
俺は一度もタカシのことをキングと呼んだことも、思ったこともないけれど・・・。


「でもなんで俺のところに来るんだよ?」

仕方ないから梨を果物ナイフで剥きながら、ふと気になったことを呟いた。
タカシは剥いた端から食っていく。見事な食べっぷりだと思う一方、俺の分くらい残せ、といいたかった。まぁ、俺はいつでも食べられるが・・。

「お前の周りは俺よりもよっぽど楽しいだろ?」

「楽しいって・・、退屈はしないけどな」

あっさりと告げるタカシに皮肉の一つでも言ってみようかと思ったが、一蹴されるのでやめておいた。庶民が王様をからかうとあとがこわい。

「だが、ギリギリにならないと俺に話を振らないのは、気に入らない」

「いつも頼るほど金が無いんだよ」

「違うだろ?」

猛禽類を思わせる鋭い目が射抜くように俺を見据える。気圧されるような空気はキングの持つものだが、俺には高校の時から馴染み深い。高校の時の方が、もっと抜き身だつた気もする。

「何が?」

俺は努めて冷静にまっすぐに見返す。タカシは目を細めて顔わ近づける。鼻先で口端を吊り上げた。

「依存を嫌う。・・・そういうことだろ?」

突きつけるような低い声だったが、俺は言葉の方に気を取られた。思わず目を瞬かせて、苦笑する。

「依存って・・、俺はお前のことは信頼してるぜ」

「ハッ、どうだか」

あー、キャラ違うから・・
そんな息を吐き出すような笑い方見せることないだろうに・・・。

唖然として口を閉口させた俺をどう取ったのか、タカシはニヤニヤと意地の悪い顔を見せている。
と、店の前に見慣れた黒いワゴンが止まった。同時に4つのドアが一気に開いた。一目でGボーイズのキング専用車だとわかるが、一条が険しく困ったような顔をして飛んで降りてきた。

「ほら、行けよ」

促すと皿に残っていた俺が食べようとしていた梨を鷲づかみにして口に運んだ。絶対に八つ当たりだと思ったが、俺は笑っただけだった。

「たまには連絡入れる。あんま周りを困られるなよ」

そういうとタカシは呆れたように肩を竦めて、颯爽とキングの後ろ姿で車へと戻っていく。
涼やかに鳴り響くその靴音を聞きながら俺は苦笑交じりのため息をついた。








えー・・・、なんだろう。この二人(笑)