見果てぬ日々は静かに






「寒ぃ・・・」

思わずそう口に出さずにはいられないような寒さになってきた。とはいえ、師走ももう中頃だから当然といえば当然だ。そもそもこの時期まで冬らしからぬ暖かさだったのも、温暖化の一環だろうか。2040年には南極の氷が溶けて消えるという事態にも関わらず、相変わらず平和な日本人は他人事でしかない。
人間の性を考えれば、なまじ批判ばかりはできないが・・・。

「さみぃ・・・」

また同じ言葉が口をついた。もはや無意識の域だ。
暑い夏には、「暑い暑い」と連呼するのと同じく、冬の寒さにはついつい「寒い寒い」と口に上る。毎年毎年変わらない。
それでも変わったものもあった。特にここ数年、いや、一、二年の出来事はさすがに怒涛といってもいい。
肩書きが徐々にでかくなっていくと、立場と行動もある程度制限される。もともと上にのし上がろう・・というつもりで杯を受けたわけではないのだが、アイツと再会して以降、なぜかトントン拍子に駆け上がっている気がしてならない。
もちろん、失うものも多かった・・・。

チラリと皮手袋に覆われた自分の手を見下ろす。
付き人として日々振り回されていた姫が突如姿を消して、その無残な姿を発見した時、失ったのは報われないと分かっていたけれど抱いていたチープな恋心と小指。
代わりに、背中の彫り物に色が入った。無くして、得るものもあった。何よりアイツと再会したからこそ解決したヤマでもあった。

あれから、ずいぶんとアイツの姿を見てきた。
時には組の方からの依頼もあり、時にはアイツから昼夜に問わない電話で呼び出され・・・。アイツは俺よりもよほど忙しい毎日を送っているようだ。

「・・・・それによっぽど面白そうだもんな」

隠すことなく正直に言葉にして、そして思わず笑う。
仕事柄、誰に対しても感情を悟られず、思考を読まれずに策を講じるのが今の立場とはいえ、ついついアイツのこととなると晴れやかな気持ちと高揚を覚えるのが不思議だった。持ち込むトラブルの種類は多種多様で、何に関わっているのかまったくもって検討もつかないこともある。というか、その方が多い。
何日も寝ずに駆け回っている姿を見かけるかと思えば、嬉しそうに笑って西口公園にたむろしていることもある。
そして、どんどんアイツの周りには人が集まってくる。特定の種類の人間じゃない。いろんな分野のいろんな人間だ。良いも悪いも、老いも若きも、女のも男も・・・それこそ「問わず」に、だ。
会うたび会うたび近場にいる顔が変わるというのもすごいが、前につるんでいた連中と縁が切れたというわけでもない。何かで縛り付けるわけでもないのに、会えば誰もがにこやかに笑う。
そういう不思議な魅力というものが、アイツにはある。

「かくいう俺も、その部類かもな」

軽い自嘲を零して、襟元にコートを寄せた。
この時期の夜は早くて長い。クリスマスシーズンだからか、ピンクに黄色、青に緑とカラフルな電飾が街という街を覆い尽くしている。環境配慮などはこれを見る限り二の次、三の次だろう。
乾いた冷風に喉が痛む。最近のウィルス戦争には人類もたじたじだが、ここで風邪を引いて40度以上の熱を出してもこの職業柄休むことはできない。

早々に帰宅を決めようか、どこかで飲んで帰ろうかと思った時、いつのまにか目の前にアイツが立っていた。

「よぉ、サル。鍋、食いに行こうぜ」

カラッとした笑みに口端を吊り上げ、昔となんら変わらない気安いとも言える口調でアイツは軽く手を振って見せた。
ジーパンにフードつきのボアを着込んでいるが、寒そうなのはお互いさまか。


「そうだな、酒はほどほどでいい。美味い鍋が食いたいな、マコト」

そう言うとマコトはニカッと白い歯を見せて笑う。
寒空の日の沈んだ街の片隅に、ほんのり温かい光が差し込んだような気がした。






「もちろんお前のおごりでな」といったのは、サルか、マコトか?(笑)