振り返らないと決めた









街は、徐々に年末の忙しさへと引きずられ、街路樹の緑がいつの間にか茶けた枯葉に代わって路面を転がり、肌寒さは少しずつ熱いだけだった季節からの移行を人々に痛感させようとしている。
テレビでは連日新型インフルエンザの話題。街中は、マスクをした人々がそれでもいつものように右に左に行き交い、クラクションは甲高くビルの狭間で鳴り響く。意識するもせずも、時間というものは刻々と流れ、確実に過ぎ去っている。それをはたと感じさせる一瞬に後悔にも似た感傷を抱くのは、特別なことできないだろう。

「マコト、で、あれからどうしたよ?」

夏の薄生地のスーツから、若干色合いの落ち着いた生地の厚い暗色のスーツに、黄色味がかったシャツ、紺と白のストライプのネクタイを指で緩めつつ、ぼんやりと薄い灰色がかった空を見上げるマコトへと、サルはいつもの調子で口を開いた。

「別に…どうもこうもしねぇよ」

面倒くさそうな声音で薄いグレーのパーカーを柄シャツの上に羽織ったマコトが告げる。どこか照れくさそうな戸惑いも混じった複雑な声に、サルは軽く首を傾げる。

「…妹、できたんだろ?…まぁ、紙の上だけでも」

「まあな。…だからって、実感なんかねぇよ。一緒に暮らしているわけでもねえ」

「そりゃあ、そうだ」

喉奥で軽く笑って、サルはスーツのポケットに両手を突っ込んだ。肩が笑いの余韻に震えるのを面白くない眉を寄せた面持ちで見下ろしたマコトは、口を尖らせて、雑踏の真中、ステージ傍の手すりに腰を下ろした。中央では噴水の緑色の水が風に散り、柱のオブジェの上に鳩が止まっている。
つい先日、マコトはいつものように面倒事に巻き込まれ、そして足掻いてバタついて、ない頭で考えまくった結果、紙の上では妹ができた。
海を渡って日本という黄金の国に夢を持ってやってきた少女、いや立派な考え方をした一人の人間が、ただ単に人種や国籍の違いだけで様々な苦労を理不尽な扱いを受けて、それでここに逃げてきた。面倒事には、向こうから巻き込みまやってくる。面倒事の真中には必ず姿がある、散々な言われ方のトラブルシューター、マコトはそうして今回も絡みに絡んで、目の前で手の届く熱い人間を助けるために、いや、そんなお綺麗な心ではなく、理不尽さに反抗した結果、そういうことになった。
マコトの母親は、噂によくよく聞いていた肝の据わった女性というのはサルもよくよく知っていたが、鶴の一声ということでマコトもその時にはさすがに驚いたことだろう。

「にしても、お前の母さんってのはすげえのな」

「……俺もできれば世界中で一番敵に回したくない」

母親の話になるとどうも分が悪いというのはマコト自身自覚しているのだろう、面持ちが陰る。サルは今度は声をあげて笑った。「同感だ」と告げる。
マコトはそのままぼんやりと道行く人々を眺めながら、ゆっくりと息を吐いた。

「こんなに多くの人間がいるってのにな。たった一人も同じヤツはいない。…つくづく世の中ってのはおもしろいと思わないか?」

「マコト…面白い人間のトップ3に入るお前が、いうな」

「いや、それはないだろ」

ギョッとした面持ちでサルの顔を凝視するマコトに、耐えることなく吹き出して笑う。その驚いたツラはなんだ、と指をさしたい気分だ。手のひらで「ありすぎだ」と仰ぐリアクションを見せながら歯を見せて口元をゆがめる。

「サル、お前だってトップ2くらいには入ってんじゃないか?」

「じゃあ、トップ1はお前だって認めるんだな、マコト」

「俺がトップってのはありえないだろ。何より似合わん。…タカシくらいじゃねえか?なんでもトップが似合うのは」

「言えてる…と、あんまり立場上俺にめったなことは言わせんな、マコト」

G-ボーイズの連中を曲がりなりにも敵にはまわしたくない、というのが本心だ。灰色と黒の領域に住んで奴らは半数以上がそうだろう。残りの半数のことは面倒すぎて考えたくないのはマコトの本音だが。
不意にマコトが腰を下ろしていた手すりから飛び降りた。靴底が砂利を噛んで鈍い音を立てる。乾いた埃が風に舞った。

「よし、決めた」

「何を?」

ポンッとジーパンの裾を手ではたく。ゴツイとまではいかないものの節のはっきりした手を拳の形に握ってサルへと向けた。目を軽く瞬かせてサルは首を傾げたままマコトを見上げる。不遜な顔に口元が弧を描く。

「俺はもう…振り返らないことにする」

何に対しての後悔なのか、サルが口にすることはなかった。
マコトもさして固定された物に対する後悔ではないだろう。むしろ、その覚悟の発端が『後悔』なのかもわからない。ただ、そう言葉に出して決めたというのは、むしろ、覚悟に似ている。

「……いまさらかよ」

しばらく上手い言葉が見つからず、サルはバツが悪そうに自分の後頭部をガシガシと手で掻いた。最近気になる頭皮の具合はこの際不問にしておく方がいい。告げた言葉には茶化すつもりもないが、素直にうなづいてやるのも癪なのだろう。

「今更で、悪いか?」

「…いや、お前らしいわ、マコト」

お互いが肩を竦め合い、相手の目を見据える。凛と響きそうなほど、まっすぐな目とぶつかる。お互いが、お互い。まだまだ捨てたもんじゃないと思える相手だ。
どちらともなく、プッと吹き出して大声で笑い合う。
驚いた通行人が目線だけを向けるも、厄介事から逃げるに長けた連中はすぐさま常の視線へと戻った。風が音もなく吹き、枯葉が舞う。
海を越えてやってきた小さな嵐に巻き込まれた、妹となった彼女の顔を思い浮かべてマコトは一つ胸を張る。






つぶやき:新刊9巻の話の後、かな。ちょっと驚いた。