| 求めるものの影 |
「マコト、お前には影がないな」 何を言われたのかわからずに俺は手を止めて王様を見た。 飲みかけていたグラスを手に、中の氷を揺らしながら目の前の王様は何食わぬ顔で飲んでいる。脇に控えていた一条も言葉の意図を組み損ねているのだろう、眉を寄せたままだ。 G-ボーイズの幹部会議の後、偶然としてはできすぎたシチュエーションで会った俺は、いつもの場所で王様のタダ酒にあやかっていた。トラブルシューターの自分のところではそういう些細な出来事もよく転がりこんでくるのだが、さして大きな山場もなければ、小さな事件は王様の手を煩わせずに終わる。 最近特に顔を突き合わせれば、王様はどうも庶民の暮らしを所望しているようにも思えたのだが、程よく酔いが回り始めるといつもはクールな王様も少々内心から染み出すものがあるのだろうか。 「俺の影?」 「正確には、お前の奥にある闇だな」 琥珀色のアルコールが半分ほど入ったグラスを目の前で小さく揺らし、クールな王様の目は俺を見据える。普通のヤツらなら蛇に睨まれたなんとやらというところだろうか、俺には馴染み深い。意味深な言葉に眉を寄せる。 「庶民にもわかる言葉で話してくれ」 「怒るな。別に悪いことじゃない。むしろ、貴重だな」 わざと声を荒げれば、冷ややかながらもどこか笑みを含む口元がからかうように吊りあがる。してやったりとでもいいたいのだろうか。王様の思考は高貴過ぎて庶民にはついていけない。 「人を珍獣みたいに言うな」 「珍獣か…ある意味、的を得てる」 さらりと流されるものだと思った言葉を薄いながらも楽しげに笑う様には一条もおどいたような面持ちで主を見ていた。俺も掴んでいたグラスを落としそうになって慌てる。 「おい、タカシ…お前、酔ってるのか?」 「この程度で酔うわけがない」 「じゃあ、なんなんだよ」 この陽気ともとれる言動は、キングらしからぬと言われても仕方ない。クールな王様が酔いもしないのにこの陽気さでは、南極の氷が溶けきって水面が100メートル上昇したとしても俺は嘘じゃないと思う。 タカシは、人の心中など察しているのかいないのか分からない様子でグラスをハニーブラウンのテーブルに置いた。そして、首を傾げるような仕草で椅子の背に持たれる。 「人は、常にメリットとリスクを考えながら生活している。少なくともこの街のなかにいる連中は9割強が、だ。もちろんその中に俺も含まれる」 キングは優雅という形容詞がぴったりの動作で足を組み、酔いを感じさせない面持ちで俺を見る。口元にひやりとする笑みは見えるが、目の奥が笑っていない。淡々と語る口調で、一息つくかのように言を止めた。 「だが、マコト。お前にはそれがない」 「単純だと言われてる気がするが?」 「そうともいう。だが、それだけでもない」 俺の答えが分かっていたかのように考える間もなく告げられる言葉。タカシの頭の回転の早さをよくよく知っているつもりだが、こういう問答になると途端に実力の差を思い知らされる気がしてあまり心中穏やかではない。 小さくもコラムを書いて日銭を稼いでいる俺より、よほど文才もあるだろう。一度俺の代わりに書いてみないかと言ってみたい。あくまでも言ってみたいだけだが。 「損得勘定の社会の中で、その概念のない存在。表も裏もない存在というのは稀有だ。むしろ脅威でもある」 「それが、俺だと?」 「そういうことだ。だから、お前には影がない。求めることで増殖する闇がない。欲が無いというべきか…」 タカシは珍しく言葉を探す様に部屋の中へと視線を動かす。脇に控えている一条も会話の矛先に暗雲を感じたのか、険しい顔をしていた。 俺は、腕組みをしてタカシとは逆にテーブルへと乗り出す様に両肘をつける。テーブルに置かれた皿が揺れて音をたてた。 「んな難しいことを考えたことはない。俺は俺のしたいようにする、これまでもこれからも」 「それがマコト、お前だ。そういう存在が、ここでは脅威となる」 俺の目を射抜くようなキングとしての視線の強さにも、俺はたじろ議もしないで見据え返す。ある種、険悪ともとれる空気に周囲がざわめいたのを一条で手で制した。そして、ゆっくりとタカシは俳優のように脚を組みかえて、一言。 「だが、俺は嫌いじゃない」 「……回りくどい」 「ま、マコトさん…」 一条がなんとかフォローをしようと思っていたのだが、結局王様に振り回されて終わる俺を見て、なんとか名前を呼べたに過ぎなかった。 俺は、言葉で勝てるはずもないので、代わりにタカシが飲んでいたグラスの酒を一気に飲み干してやった。周りからいかなる声が上がるもお構いなしだったが、タカシはそれをみて声を出して笑ったので、周りは更に騒然としたようだ。 呟き:タカマコ?…キングが相変わらずエセですな。 |