届くようにと祈る









「えらくパンチの利いた車だな」

いつものいかつい高級車ではなく、今にも止まりそうな果物屋の仕入れ兼配達専用オンボロ軽トラックの助手席に脚を投げ出してタカシが口を開く。抑揚のない声音は、さして気分を害しているわけではない。いつものこと、だ。

「もう10年越えの俺専用車だからな」

いいだろう?と庶民の皮肉を鮮やかに乗せて笑顔を作るが、タカシは鼻で笑っただけだ。王様の相手はいつも戦々恐々なのだと、いつかわからせたいマコトでもある。

すでに日は落ち、賑やかなネオンが眩しく光。昼間の猛暑の名残を夜の熱気とともに漂わせ、蒸し暑さと騒々しさが街を包んだ。

ガタガタとアスファルト舗装の脇道から路地を抜け、車幅ギリギリで電柱を避けながら車を走らせ工業地帯の海岸沿いに出た頃には、遠くに見えるネオンはそのままに工場街灯程度になり始めていた。時折大型のトラックとすれ違えども一般車両は昼間に比べて格段に少ない。

しばらく車を止められる場所を探しながら軽トラを走らせ、フェンスのない船積倉庫街の外壁を左右に細い路地を抜けて、ようやく眼下に黒い波が打ち寄せる海辺へ出た。アスファルトからは昼間の熱気がじわじわと上がり、マコトの額を汗が流れる。首に巻いたタオルで無造作に拭いながら、助手席から降りたタカシを見れば、自分ほど暑さを感じている様子もなく背伸びを一つ。クールな王様は、汗だくのマコトを見て再度鼻で笑い、マコトはそれに渋面しただけだった。

「あー…しまった。なんか買ってくれば良かった」

「今さらだろう…、それにさっき食ったばかりだ」

はたと気付いたように声を上げるマコトをタカシは息を吐き出すようにして笑う。
飲み物一つも買わずに男二人でこんな色気のない埠頭の海をみれば、時間が時間だけにぼやくしかない。
そもそもこの状況の原因はさかのぼること数時間前のマコト自身であるのだから、否定のしようもないのだ。ガシガシとバツが悪そうに頭を掻いて荷台に乗せてある肩幅ほどの段ボールをそろそろと下ろす。頭を突っ込むようにして中から丸い筒状やら台やらを取り出すマコトを余所にタカシは岸壁に身を乗り出しようにして海を見ている。夏の暑さに熱され蒸し暑さは残るものの潮風が心地よい。都市の海はそれなりに雑臭も含むが、埃立つ焼けたアスファルトジャングルよりはいくらかマシだ。

「タカシ、あんまり覗いてると落ちるぞ?」

「お前と一緒にするな…、いや、お前となら落ちてもいいな」

「夜の海にダイブ…遠慮しとく」

洒落にならない、とぼやきつつ、マコトが手元は慣れた様子で組み立てていく。黒いフォルムの円柱を台座に取りつけて金具で固定。伸ばした足をそれぞれネジで止めてレンズをはめる。つたう汗を腕で拭って、手首の時計を見ればそろそろ日付が変わる頃合いだ。できあがりを察してか、タカシがマコトの横に立ち、上から覗く。見上げたマコトと目が合えば、マコトがにやりと笑った。

「ほら、できたぞ、王様」

「よきにはからえ」

「殿様かよ」

ハハッ、とマコトが陽気に笑って出来上がった望遠鏡を撫でる。タカシも軽く肩を竦めて、身を屈める。いつもはクールな王様が、やけに楽しそうだとマコトは思った。

「お前が飲みながら、『今夜はペルセウス座流星群だ』と言うから、こうなる」

「まさかお前が『流れ星見たい』って言わなきゃ、こうならないだろうが」

「俺は乗ってやっただけだ」

暇だったからな、と付け加え、タカシ裸眼のまま夜空を見上げた。
時刻は深夜に差しかかろうとしている。それでも眠ることのない街は、薄明かりに照らされている。光化学スモッグでぼやけて見えない夜空に星があることを流星群の話を聞くまでは忘れていたのだ。日常の自然と言われている営みからすでに離れて久しいこの街。そして、住まう自身が、今更なにを馬鹿げているのだろうか、と自問したくもなる。ガキのようにマコトが楽しげに組み立てる望遠鏡を見下ろしてタカシはふと視線を落とした。

「そろそろだ、タカシ。覗いてみろよ?」

調整が済んだのかどこか得意げな面持ちで立ち上がるマコトが、ポンっと撫でるようにタカシの頭に触れた。囚われていたろくでもない思考から引きはがされる。目を二、三度瞬かせてタカシが顔を上げる。昔と変わらない口元の片方だけを笑みの形に吊り上げ、そう得意げに笑うマコトがいた。

「…俺は普通に見えるけどな」

「それを言うな、それを…」

視力の善し悪しについて求めているわけではない。わかっていても素直に認められるほど純粋なガキではないのだ。ガキの年はすでに過ぎた。
呆れ交じりに呟くマコトに不遜な面持ちを向け、それでも言われるままに望遠鏡を覗きこむ。ちょうど尾を引く流星が、右から左に流れ落ちた。マコトが隣で声をあげるのを聴き裸眼でも見れると察したが、しばらく覗きこんだままでいる。

――― この想いが届くように、と祈る。

流れ星が消えるまでに3度の願い事を言えばそれは叶うという迷信。
視線を望遠鏡から上げ、マコトが嬉々として喜ぶさまを見ながら、タカシはそっと胸の内で呟く。知られたくない想い、それでも知ってほしいと思う想い。矛盾していることは、いわずもがな、だが。

「タカシ、願い事し放題だな」

「マコト、お前、3度も間違えずに言えるのか?」

薄く靄の掛かる夜空を見上げて一つ息を吐く。いつものクールな声音にマコトは、眉を寄せ、そして口元をへの字に曲げる。それを見て腕組みをしてタカシは答えを待つ。

「―――2度に負けてくれ」

真顔でそんなことを言うマコトに、タカシは久しぶりに声をあげて笑った。







呟き*少し前にあった「ペルセウス座流星群」のニュースから思いついた。だが、キングがニセモノすぎる。