やがて咲く未来に









やがて訪れるだろう、明日を己の目で見ることが叶わなくても、それはむしろ自分自身の願いに他ならない。

それでも、頭の片隅に未だ残る一つの残像は、残していく最後の未練なのかもしれない。
一人の青年が、険しくも己を見据え、何か言いたげな大きな瞳を向けていた。井上と変わってしまった姓を何度となく口にし、目の前で起こる非日常的な出来事を果敢にもひるむことなく突き進んでいった部下。そしておそらくは自分と同じ傷を抱えながらも、歩く道は対照的になってしまった、今。
二度目に合った警察官学校のあの時の目と、自分に問いかけたあの質問。笑って「嘘ですね」と告げた淀みのない言葉。あのときからすでに袂は別っていたのかもしれない。



国会議事堂の重厚な木目を宿したドアを、一つの境界線を踏み越え、革命と名のついた舞台へと足を踏み出した。平和ボケした日本の国民、一人一人を革命という名の嵐で覚醒させる。

従順は美徳ではない。

無関心こそ国を滅ぼし、人を滅ぼす。だからこそ、この革命によって目を醒まさせてやるのだ。己の命を守ることができるのは、己自身である、と。そして、なによりも自分達の生活を預けている国という組織のすでに腐敗した有様を、突き崩すのは他ならぬ国民一人一人なのだと。
創造を起こすためには、破壊をやむを得ない、とたどり着く果てはすでに邂逅にも似て、それでいて覗き仰ぐそれは、深淵でしかない。
ある日突然、平和という世界の中で訪れた不条理という人災。人の欲によって失ったかつての命は、決して無駄ではないのだと知らしめるために。

右手で抜き放った銃口を、麻田へと突きつけ、尾形は僅かに目を細めた。

「何が正義で何が悪か、そこに真理がなければどちらともが偽善だ」

お前の順番は心配しなくともとってある、と一つ付け加えれば、歯噛みしながら麻田は席へと腰を降ろした。他者を見下し、己がわずかでも優位にあろうとする人間の欲の塊がこの国の頂点を牛耳っている。いかに一人一人が声をあげても、閉ざされる醜悪の塊が、腐敗した日本という国を蝕んでいる。この膿を出しつくし、何を持って正義とするか一人一人が自覚しなければ、この国は潰れる。

否、本当の願いは、果たしてそこにあるのだろうか。


『尾形さん』

己を呼ぶ声に尾形はわずかに視線を上げた。すでに聞き慣れていたはずの彼の声が、姿は見えずとも聞こえるような気がする。きっとどこかでこの状況を彼もまた見ていることだろう。そして、己が手ひどい裏切りによって彼を傷つけていることも。否、四係の面々の顔がどうしてか今になって懐かしく浮かぶ。

「…そんなもの、今さらだろう」

独り愚痴た。零した声音は、誰にも拾われることもなかったが、それでもまだ己を呼ぶ声が聞こえるような気になってしまう。
いつでも、彼の目はまっすぐに自分を見上げていたのだから。

『尾形さん』

本当の名前ではないそれが、偽りの名前が、どうしてか本当の名前よりも心中に染みた。彼が、彼らが己の名前を呼ぶ時、いつもならば階級を呼ぶのだが、それでも時折呼ばれるその名前を心地よいと思う自分がいた。

彼もまた、本当の名前を失った一人だというのに。

「井上、……恨みごとを聞く機会は、無いかもしれないな」

そうして零れる自嘲が、この数時間のうちにもたらされる己が求めた結末だということを尾形は、揺るぎもなく信じている。あの時、あの雨が降りつける公園ですべては終わっていたはずの事態が、回り回ってこの場にまで至るとは。生きながらえていると、許されたいとも思わない己の心中の奥底で、それでもこの数カ月は確かに楽しさすら感じていた。その矛盾に、自ら終止符を打ったのは、これ以上の嘘が、偽善が耐えられなくなったからだ。
井上が、四係が生き残りさえすれば、己を忘れずに憎み続けてくれるだろうか、と。むしろ、すべてが終わった時、己を止める者が彼であればいいと願いすら思う。

破壊によって変わるモノなど本当にあるのだろうか。
否、それそこ引き返すには遅すぎる。改めるには年をとりすぎた。

「さあ、次は」

銃口をゆるりと向ける。麻田という名の仇へと最後の幕を上げるだけだ。


ただ、願わくばやがて咲くだろう未来の情景に、彼が笑顔でいられますように。







呟き:革命編です。真中すっとばしました。尾形→井上なのに、メンタル的には逆だと思います。