その声だけは今でも・・・








「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだっ!!!」

無線越しに聞こえた悲痛ともいえる青島の声が響き渡った時、誰も何も口にすることはできなかった。

現場で流れる汗と血を、上の連中は少しも気付いていないかのように、独断専行で進めては、責任のなすりつけを行った。ただ階級が上だという理由だけで、正しいと思うことが捻じ曲げられていく。黒いカラスを目の前に「白い」と言わされるように、唇を噛み締めても逆らうことを妨げた。

ただ、1人を除いては……。



「確保だ、青島っ!」

室井の一声で、青島はすみれと共に被疑者宅へと突入した。
どこにでもある集合マンションの一室に成人には満たないガキたちが数人、踏み込んできた青島を見てわずかに驚いたようだった。この湾岸署最悪の誘拐事件を計画したのは、現実と空想の区別がつかないようなガキたち。ちょっとしたゲーム感覚で引き起こした事件の結末は、あまりにも呆気なかった。ゲームオーバーといいたげに肩を竦めたガキの胸倉を掴みあげ、青島が一喝する。
ゲームはリセットすればいくらでもプレイできるが、現実は一度しかない。それをいつのまにか気付けずにいる。日本はそういう社会になっていたのだ。
青島から誘拐されていた副総監の居場所を無線で受け、本部がホッとしたのもつかの間。被疑者の母親が我武者羅に青島の身体に突き立てたのは、包丁。泣き喚き、息子に逃げるように叫んだ。目の前で突如として起こった惨劇にガキたちは場ニックになる。

青島は重傷を負った。

血まみれの青島を見て騒然とした現場と、重傷の無線連絡に呆然とした捜査本部。
現場の彼らとは裏腹に、上の連中は副総監が救出されたという報告を受けた瞬間に事件すべてが解決したような顔で会議室を出て行ったのだ。

事件が解決しさえすれば、どんな犠牲を払ってもいいのか。
現場にいた者は、捜査本部にいた者は、誰もが思わずにいられなかった瞬間だ。
事件が起き、解決するために捜査をし、汗にまみれながら睡眠もそこそこに被疑者を探し、確保する。先の見えない迷路のように、それをただひたすらくり返す。事件が無くなることなどありはしないなら、それは未来永劫続くことになる。
中には、無事に戻ることも叶わぬ事件もある。警察官の勤務中の死亡率は年々増加の一途を辿っているのだ。
その中で、この事件はあまりにも彼らの心情を切り捨てるようなものだった。


副総監は多少衰弱していたものの無事に生還した。
犯人が未成年であったこともあり、ニュースでもさまざまに報じられた。会見で登場したのは上前を刎ねただけの上層部。確保時に重傷を負った青島のことなど、チラリとも話にはのぼらなかった。
青島は入院を余儀なくされるほどの怪我を負い、当分リハビリが待っている。まだ松葉杖をもってしても歩行は困難だ。
それでも、室井は知ってしまった。見舞い訪れようとした際の青島の言葉を。

『蹴り入れて追い返してやるんだ。こんなところに来るくらいなら、早く上へ行けってね』

そう言って笑った青島の顔は、いつも現場でみるそれと少しも変わらない。
強く明るい面持ちに室井は胸の内にある言葉のすべてを飲み込んだ。まだ彼が目指すところへ自分はたどり着けていない。






『事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだっ!!』

青島が言った言葉を室井は決して忘れない。室井だけではないだろう。あの声を聞いた者はすべて青島の言葉を忘れることはできないはずだ。
なぜなら、あの時告げた彼の言葉は、現場で捜査をする者たち、すべての代弁であったのだから。






青島くんの名台詞は、みんなが言いたかったことなんだと思うよ。