懐かしき空












「今日は良い天気だなぁ」

そう呟いて大神は思わず背伸びをした。深呼吸をすると朝の清々しい空気がやけに新鮮に感じられた。
帝国歌劇団の玄関を掃除するのも大神一郎の大切な仕事である。軍でもトップシークレット、極秘中の極秘である霊力によって武装し、人々の平和を妖魔などの脅威から守る特殊部隊、帝国華激団の隊長を務める男だが、日頃はこうして表の任務である歌劇団のモギリや帳簿整理などのいわゆる雑務に追われている。
平和の有り難味というものを存分に味わえる晴れた空を見上げて、大神はもう一度背伸びをした。

「いよーお、大神。春眠暁を覚えず……かぁ?」

間の抜けた声だが、その主に大神は充分心当たりがある。ホウキを持ったまま振り返ると、早朝だというのに白の背広に赤いネクタイ姿の加山雄一が妙に格好をつけた様子で手を振っていた。

「相変わらず突然だな、加山。しかもその格好……」

唐突に登場するのに大分慣れたとはいえ、このテンションの高さにはいささか目に眩しい。訝しげに眉を寄せた大神の肩をポンポンと叩き、朝から元気な加山はにこやかな笑顔を見せる。

「なんだなんだなんだ、大神。元気がないな。それとも寝起きか?」

「お前の元気がありすぎなんだ」

「ハッハッハッ……俺は幸せだなぁ。こうして大神と朝から顔を合わせることが出来て」

「あー、はいはい。わかったわかった」

普段は夜に顔を合わせる機会が多いから、こうも日の元でその姿を見るとまた一段と違った印象を受ける。
大神と加山は共に海軍士官学校を卒業した間柄だ。同期でもあり、主席を争ったライバルでもあった。大神がその能力を見込まれて海軍から帝激へ花組隊長として任務に着いた時、加山もまた花組を裏で支える月組の隊長としての任に着いた。二人は常に対極にあり、共に帝都を守る双肩なのだ。

「今日は良い天気だな、暑くなりそうだ」

「そうだな。もう夏も近いし、今年も暑い夏になりそうだな」

二人して思わず空を見上げた。まだ夏というには時期が早いが、それでも日に日に暑くなり始めているのは確かだ。空には雲が一つもなく、どこまでも青く輝く空が広がっている。早朝で人もまばらなためか、帝都においては珍しく穏やかな時間帯だ。高い建物が軒を連ね、見える空は少ない帝都だか、この帝劇は比較的広広とした場所に構えている。空が広く感じられるのも頷けた。

「そういえば……」

空を見上げたまま大神がふと、呟いた。つられて加山は大神を見るも、大神は空を見上げたままだ。

「どうした?」

気付けばそう尋ねている。何かあれば必ず加山はそう尋ね、大神はそれに答える。それが海軍士官学校の時からの二人だった。同室で4年間、友としてライバルとして互いのことは知り尽くしている。今も変わらない関係がここにある。

「なんだかさ、懐かしくないか?」

ホウキを持ったまま見上げる空に大神は別のものを思い出していた。この鮮やかな青さに目を奪われたのは、あの頃と似ていたからか。加山もまた空を見上げた。

「この青い空。雲一つないこの空の青さは、海に似ているよ」

海軍士官学校で過ごした日々。帝都に来て、戦いながらも守りたかったものは人々の笑顔。その原点ともいえる澄んだ青い空。青い海。あの頃からまだ気持ちの中ではそんなに時間が経っていないはずなのに、もうずいぶんと昔の話のような気もする。眩しい空のせい、か。

「俺たちが過ごした江田島の空も青かったな」

遠くなってしまったあの頃は、確かにシゴキにも合い、厳しくて辛い時期もあった。だが、あの場所で出会わなければ今もこうして二人でいることはない。あの場所で、大切な人と出会った。

「青く、そして広かった。……海も空も変わってないかな」

大神は懐かしそうな瞳をして空を見ていた。目の前に広がっていたのは、ただただ真っ青に海と眩しい晴れた空だった。それはもちろん帝都の空と繋がっている。国境のない自由な広さにただただ圧巻だった。

「変わらないさ。俺たちがこうしてみていることも、な」

加山の言葉に大神はわずかだが目を見開いて、彼の方に目を向けた。大神の視線に気付いて、加山はニヤリと口端を歪め、ウィンクをする。こういうところも相変わらずだ。大神は素直に笑っておいた。

「そうだな。これからも変わらずにいてほしい」

「変わらないさ。俺とお前が共にある限り、何も変わらないぞ、大神」

「そうだよな」

変わらないモノはないけれど、共有している思い出は変わらないと思いたい。帝都を守る任務にあって、危険と隣り合わせの毎日を送ってきた。それでもお互いがお互いのことを信じていたから、ここまで来れたような気がする。
感慨深く大神は小さく小さく頷いた。そんな様子を眺めていた加山は悪戯を思いついたように意味ありげな顔をみせる。

「俺は幸せだなぁ〜〜」

「なんだよ、突然」

「大神がそれほどまでに俺のことを想ってくれているなんて……」

「なっ……」

「おや、顔が赤いぞ、大神。図星か?」

「ち、ちがっ、バカーっ!!!!」

顔が赤らむのを押えきれずに大神は手持ちのホウキを振り上げた。

「ひどいなぁー」

大神の振り回したホウキを難なくかわし、加山は笑顔のまま逃げ回る。

澄んだ空の下、賑やかな声が帝都にはある。人々の平和と笑顔と共に、続く未来の中で。
今日の空は、ただただ懐かしい青さを秘めていた。











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