月と太陽












「いよーぉ、大神。久しぶりだな」
「え?……」
「なんだなんだなんだ、つれないやつだなぁ。同期の顔を忘れたのか?」
「加山?……加山なのか」
「大神に覚えていてもらえるなんて、俺は幸せだなぁ〜♪」
「あのなぁ……」


大神一郎とは、江田島の海軍士官学校で同期、同室だった。
厳しい訓練と航海実地。数々の試練を乗り越え、卒業に至った時、大神が帝都防衛の特殊組織へ配属されることを聞いた。海軍士官学校を主席で卒業した大神が海軍少尉として任務につくならまだしも、陸軍でも海軍でもない帝都の防衛につくと聞いた時にはさすがに驚いたことを覚えている。
『帝国華撃団』―――そこが極秘中の極秘部隊だと知る前までは。


「でも、加山。お前海軍少尉として航海に出ているはずじゃあなかったのか?」
「お前が帝都に行ってからしばらくは海の上にいたさ。でもまぁ、いろいろあってな」
「まさか……何かやらかして」
「ハハハッ……規律違反は俺の十八番だけどな。帝都には……まぁ、野暮用かな」
「野暮用……そういえば、お前の実家はお寺だって聞いたけど」
「そうそう、よく覚えてるな。……オヤジはどうやら俺に跡目を継がせたいみたいなんだけどな」
「お前がお坊さん……ありがたいお経もお前が読むんじゃあなぁ」
「ひどいなぁ、大神。俺のことそんな目でみてたのか」
「ハハッ、冗談だよ、冗談」


明るく笑う大神の姿は、士官学校の時と変わらない。人知れずこの国の存亡に関わる任務についていながら、強い意志の輝きは衰えることがない。

――― 光輝ければ、闇もまた濃し。

組織として前線に立つ大神や彼女達だけでは、帝都を襲う脅威に立ち向かうことはできない。奴らの存在が、人在らざる者であり、尚且つ人が生みだした闇の部分だからこそ、同じく日に当たらぬ場所で模索しなければならない者達も必要になってくる。
花組としての戦歴は目を見張るものだ。
指揮官としての大神の才もある。無論、彼女たちの霊力は類を見ないほど強靭なものだ。的確な指示に少しの無駄もなく、犠牲も出さず死闘を制する。その大神の姿を俺は影から見ていることしかできなかった。


「ここの仕事はどうだ?大神」
「帝劇?……なかなか大変だよ。事務処理の量が半端じゃなくてさ」
「デスクワークか。そりゃあ忙しいな」
「でも、楽しいよ。みんな良い人ばかりだし。……初めココへの配属が決まった時には正直驚いたけどな」
「だろうな」
「でも今は、ここに来てよかったと思ってる。……海に出られないのは残念だけどな。お前はどうなんだ?加山」
「え、俺?」
「元気でやってるのか?お前、ケンカっ早いし、意外と我侭だしな」
「おいおい、大神。お前一体俺の事を何だと思ってるんだよぉ」
「え?……でも間違ったことは言ってないと思うけど」
「大神ー」


変わらないモノがあるというのはどこか懐かしく、嬉しい気持ちにさせる。大神の表情も笑顔も苦楽を共にした4年間となんら変わっていない。

不思議な男だとは思っていた。
海軍に仕官しようとする者、いや海軍だけではない。軍への仕官はその競争の厳しさから自分以外の人間は敵だ、と言わんばかりの雰囲気がある。馴れ合う所ではないことくらいはわかるが、排他的な空気は時としてチームワークをも飲み込んだ。海の上というのは、穏やかばかりではない。一度嵐になれば弱い者、遅れをとった者から排除させる。その一分の気を抜くこともできない状況で、大神は違っていた。
何を言うでもなく、何をするでもなく、それでも的確な指示と行動は誰の視線をも集め、そしてチームとして必要な連携をモノの見事に成功させる。文武両道というが、学業で大神の右に出る者はいなかったし、武術の才も俺の並ぶものがあった。

一応付け加えておくが、俺の場合学問は出来不出来はあるものの、武術では学年トップだったんだ。嘘じゃないからな。



「おっと、そろそろ時間か……名残惜しいが、大神また逢おう」
「あ、ああ。久々に逢えて嬉しかったよ、加山」
「俺もだ。……お前もいろいろと大変だとは思うが、頑張れよ」
「お前も、な。帝都には……まだ居るのか?」
「ん?そうだな、当分いると思うが」
「時間が合えば、食事でもどうかと思ってさ」
「嬉しいな、大神。まさか大神の方から誘ってくれるとはな」
「え?」
「うーむ、野暮天ぶりは健在か。嬉しいような哀しいような」
「何、ブツブツ言ってんだ?」
「ハハッ……まぁ、いいさ。また俺から連絡するよ」
「わかった」



情報収集を主とする隠密部隊月組。その名の通り、表舞台にでることはできない裏の仕事の大半を話す部隊。その隊長が俺だ。
前回の帝都防衛で前任は怪我のため身を退いたという。実際のところ俺も資料上でしか見ていないから、大神の配属先が不明のまま過ごした一年の後、このことを知りひどく驚いたことだけは覚えている。
姿を見れば変わらず、激闘を制したというのに決して表舞台には出ない戦歴を重ね、指導者として、戦士として前線で戦う。

その影となり、支えとなって動くのが月組。
表社会の裏の裏、花組という強い光と対する闇を守るのがその使命。だが、俺にとって軍命など命をかけるほどのものではない。大神の背を守れることこそ俺の誠だ。


「またな、加山」

「ああ。アディオス、大神。また、逢おう」


いつか、本当のことを話せるその日まで、俺は影となって戦おう。

月は闇の中にあってこそ、太陽の光を借りてその姿を輝かせるのだからな。










月と太陽。加山と大神ですが、加山→大神かな。大神かなり野暮天みたいだから(笑)加山視点でした。