ため息ひとつ








聞こえるのは波の音。見上げれば雲のない青い空。
揺れる甲板の縁に立ち、手すりに持たれて加山はもう何度目かの溜め息を零した。

昨日の今日の、の話ではなく、前々から薄々そういう気はしていたのだが、今になって自分の気持ちをはっきりと知ってしまうと、逆に不甲斐なさがこみ上げてくる。それを思うと何故か知らず知らずのうちに溜め息が零れてしまうようだ。

「ホント、俺って奴は……」

考え込むのはあまり得意ではない。もともと自他ともに認める猪突猛進型だ。説明より先に勘が知らせることの方が断然多いし、ダメで元々ととりあえずぶつかって行くのが加山のはずだった。それが、この様……。

(そりゃあ、大神は良い奴だ。頭もいいし、人格も良い。一緒にいて、楽しくないなんて思ったことはないんだが……)

ガシガシと手荒に頭を掻いて、加山はまた溜め息を零した。

同室の大神に対するこのもやもやとした煮え切らない感情の正体は、十中、八、九『恋』なのだろう。これを恋の一文字で片をつけられるほどできた人間ではなく、己を知っているわけではなかった。

だからこそ、溜め息は止まらない。
自分に対する不甲斐なさを認識していながら、切り捨てることができずにいる。
未練たらたらな自分に更に嫌気がさす。

その悪循環をここ数日繰り返している気がする。

手すりに両肘をついて、潮の満ち退きを眺めながら何度考えても元のところに戻ってしまう。

「俺は男だ。……大神だって男だろ」

「俺がどうかしたのか?加山」

不意に背後から声がして、加山は口から心臓が飛び出んばかりに驚き、振り返った。

「ぬあっ!!!お、大神!?」

「な、なんだよ。びっくりするじゃないか」

船室から出てきた大神が逆に目を瞬かせている。取り繕う顔にもどこか白々しさを感じながら加山は曖昧に笑った。

「よ、用事は済んだみたいだな」

思わず声を上げてしまったから、どうも裏返っているような声音で加山は軽く手を上げた。大神が訝しげに眉を寄せるのも気付いている。

「ああ、終ったけど……加山、お前最近何か変じゃないか?」

「そ、そうか?」

「何か心ここにあらず、みたいな顔してるぞ」

そう言って大神は加山に歩み寄る。一歩一歩間合いが確実に短くなるのを加山は何故か居心地の悪さを感じながら、大神の姿をみていた。

「大神に心配してもらえるなんて、俺は幸せだなぁ〜♪」

「誤魔化すな」

あっさりと見透かされてなす術もなく加山は苦笑する。伊達に同室で生活をともにしているわけではない。もともと大神は自分のことを除いて、勘が鋭い男だ。加山が何が原因で悩んでいるのかと知らずとも、考え事をしていることくらい気付いていない方がおかしい。

「う゛、ちょっと考え事を、な」

「そうか。お前さえよければいつでも相談に乗るから」

笑顔とともにそう言われても、大神に本音を零せるわけもなく、加山は曖昧に笑った。

大神のどこに惹かれたと言われれば数え切れない。大神のすべてを知るわけではないけれど、少なくとも苦楽をともにした短くない月日の中でしだいに惹かれていった。出会ったときから、興味はあった。面白い奴だという程度の認識だったかもしれないが、それがやがて親友の域を越えようとしていることに加山自身止めようがなかった。
気持ちを制御することに長けていたはずの自分が、だ。そういう意味でも大神という男の存在を感じないことはない。
だが、それを大神に告げることはできない。己の独り善がりを、歪んだ想いを晒せるわけが無い。それはもちろん言ったが最後今までの関係を失うことの怖さを加山自身が一番恐れているからだ。




「なぁ、大神」

「ん?どうした」

海風が一層強く吹いた。大神は手にした書類が飛ばないように押さえながら、加山の方へと顔を向ける。加山は海を見ていた。問いかけながらもどこか遠くを真っ直ぐと見ている加山に大神は黙って次の言葉を待った。

「お前から見て、俺はどういう男に見える?」

「どうしたんだよ」

真面目な声に大神が心配そうな顔を浮かべたのに気付いて、加山は苦笑いを浮かべたまま海から大神へと視線を動かす。口にした言葉の半分を加山は後悔した。

「いや、ちょっと気になってな。……お前から見た俺はどういう風に見えるかな、と。ほ、ほら、頼りになるとかなんとか」

罰が悪くなって無造作に頭を掻く。それを見ながら呆れたように大神が溜め息を吐いた。

「お前やっぱり変だぞ。……俺がお前を頼りに思わないわけがないだろう」

あっさりと、さもあたり前のように大神は言う。胸の中を風が吹きぬけたように気がして、加山は目を見開いた。拍子抜けしてしまうほどすんなりと大神は加山という男を認めている。それが単に親友という枠を出ることがなくとも、自分が一方的に思っていたのとはわけが違う。焦ることなんか少しもない。

「そうか、そう思ってくれるか」

「あたり前だ」

間髪入れず答える大神の憮然とした面持ちを見て、加山は肩の力を抜いた。
こういう人柄だからこそ加山は大神に惹かれた。例えこの先ずっと気持ちを伝えないままでいたとしても構うまい。
彼に頼りにされるような男でなくては始まらない。堂々と肩を並べられるようになった時、もう一度考えればいい。

「俺は幸せだなぁ〜♪」

思わず本音を零して笑う加山を大神は首を傾げながら見る。
波が一際高く甲板に打ち上げられて白い飛沫を上げて、青い空の下、ためいきひとつ零れた。






呟き*士官学校編。加山→大神で。悩み多きお年頃ですから。