嘘のような本当 |
嘘のようで本当の話。 士官学校での4年間、ずっと抱いてきた大神への想い。何度も何度も打ち消したはずだけれど、その度にまた現れた俺の想い。 それは、大神に対する気持ち。 しかも友情と名付けるにはあまりにも偏った気持ちだった。 大神はいうまでもなく、男で。俺も間違えなくても男だ。 健康な日本男児が、同じ男に対して抱くこの友情よりも行き過ぎた感情。 別に大神を女性と同じように思っているわけではない。それは断じて違う。ただ一緒にいられればいいと思ってしまうだけなんだ。 あまりにも馬鹿げている。 そう思っていた。大神に対する侮辱だと、何度も己に言いつづけてきたにも関わらず、この卑しい気持ちは消えてなくならない。 「もうすぐ卒業だな」 そう言って大神は見慣れた海を見ながら言う。加山は素直に喜べない複雑な想いを持ちながらも頷いた。 最後の航海演習も無事に終え、久々の日本に戻ってきた。大神の成績は優秀で、首席卒業は間違いないだろう。これほどの逸材はそうそういないと上の評価も高い。卒業後海軍の中枢で活躍するのではなかろうか。 「あっという間だったな。この4年間」 「そうだな。あっという間だったよな」 お互い顔を見合わせて寂しげに笑った。 ここを出た後、たぶんお互い二度と会うこともないのだろう。それがわかっているからか、一概に喜べはしなかった。 「加山、お前が同室でよかったよ。本当に楽しかった」 「おいおい、まだ卒業もしてないのに、もうしたつもりかぁ?」 「ははっ、気が早いか?」 笑う大神の顔がどことなく寂しげに思えて、加山は目を細めた。何かあったのか、と気付くには十分だった。 「何かあったな、大神。先日来た陸軍上官と何か関係しているのか?」 「相変わらず勘が鋭いな、加山」 「誤魔化すな」 声を荒げたつもりはなかったが、大神は罰の悪そうな顔を見せる。秘密事項ならば口にできないのはあたりまえだからだ。 「まだはっきりとはわからないが、特殊なところへ配属になるかもしれない」 「特殊……」 特殊と聞いて、加山の頭に浮かんだのは諜報機関への配属だった。国内外の情報収集を一番に行う機関だが、首席とはいえ海軍士官の候補生が配属されたという話は聞いたことが無い。 そもそも海軍と陸軍は決して仲が良いわけではない。同じ軍事を司るものだ、優劣を競うのはあたり前。そんな海軍士官学校に陸軍上官が来ているということ自体、今後の人事についてだろう。首席で卒業することはわかっている大神に声がかからぬ方がおかしいが。 「不安は無いといえば嘘になる。だが、この4年間に学んだことを活かせばなんとうなるだろう」 大神が曖昧にしたのがわかったが、何も言わなかった。言ってどうなるものでもない。ここを出たあと、それぞれがどうなるのかなんて誰にもわからない。 「みんなやお前と一生懸命学んできたことを俺は忘れないよ」 「ああ、俺も決して忘れないさ。お前が忘れても、俺は忘れない」 思うものはある。それを今この場で言葉にしてもいいものか。真剣に悩み、迷う。大神が怪訝な顔を見せたのを視界の端で感じていた。 この場を逃せば二度という機会はない、かもしれない。 「加山?」 「必ずまた会おう、大神。俺は……」 喉まででかかった言葉を加山は飲み込んだ。今までに感じたことの無いほどの圧迫感に動悸が耳元で聞こえる。いろいろ思い悩んだものが頭のなかを埋め尽くし、思考を完全に混乱させた。 言うべきか、言わざるべきか。いや、言わぬ方が良いに決まっている。それはわかりきったことなのに、気持ちの整理がつかない。 そのとき、口を開いたのは大神の方だった。 「お前はいい奴だな、加山。卒業してもまた必ず会おうな」 「あ、ああ。大神……俺はお前が好き、なんだ。だからまた……ぁっ」 ポロッと言葉が零れてしまった。加山がハッとしたときにはすでに遅い。大神の予想しなかった言葉に一瞬だけ枷が緩んだらしい。 「俺もだよ」 焦りで俯いたまま顔を上げられなかった加山の耳に大神のいつもの声が飛び込んできた。その言葉に唖然として顔を跳ね上げる。 「え?い、いまなんて?」 「俺もお前のこと好きだよ」 目を丸くして一瞬自分の耳を疑う。大神はいつもの様子でそこに立っているだけだ。 「だから言ってるだろ?4年間、お前が同室でよかったって」 「大神ぃ……」 多少違いはあるかもしれないが、加山は自分の良いように受け取ることにする。 4年間の複雑な片思いが、まさかこんなにも簡単に払拭されるとは、誰が想像するだろうか。 「俺はとっても幸せ者だなぁ〜」 そう言って大神に抱きついた。もちろん蹴りはがされたけれど………。 そんな嘘のような本当の話がこの世の中には存在する。不毛な想いも信じれば叶う……のだと思いたいが。 大神の配属先が帝国華檄団・花組となるのは、まだ少し後の話。 そうして、再会もまた後の話だ。 呟き*なんとなく2人の進展は卒業後のような気もするし、途中のような気もするし。加山がヘタレてて別人。 |