The trust |
――― 人として生をまっとうする。 それ以外の感慨はまったくなかったはずなのに……。 「……実際、俺は闘いの道を選んだ」 あの時、みずからの胸を剣で刺し貫いた瞬間でさえ、アリューゼには後悔はなかったはずだ。そしてそれは今も変わらない。 戦乙女、ヴァルキリーとともに剣を振るうことに。 「――― なんだ?」 足音、はなかった。アリューゼが背後から近寄る気配に反応を示しただけだ。相手は分かっている。 自分にこの距離まで気配を悟らせない人物は、ヴァルキリーしかいない。振り返ることなく、アリューゼは告げると相手の反応を待っていた。 「………いや、別に」 珍しい様子にやや怪訝な表情でアリューゼは振り返る。 座っていた高台からは、心地よい風が吹きぬけていた。だがそんな風情を感じることもなく、妙な雰囲気があたりを包む。 「なんだ?何か用かい?」 正面からヴァルキリーを見据える。銀色の長い髪が風に舞い、夕日に照らされて赤く見えた。 彼女の表情が冴えない。それに気づいてアリューゼはわずかに目を細めた。 「人というのは、時として迷う。……アリューゼ、「迷い」というものに恐怖を感じたことはあるか?」 「……さあ、な。人はだれしも迷うもんだ。だが、それに恐怖を感じるのは自分自身を信じてないからだろうぜ」 彼女の問いかけは時として不思議な予感めいたものを感じされる。わざわざ『人間』と限定して問い掛けてきたのは、アリューゼに対してか自分に対してか? 「……信じる、か」 「なんだ、えらく神妙だな?……神様でも迷うのかい?」 アリューゼの茶化した物言いにヴァルキリーは、にやりと口端を吊り上げた。 「……そういうことにしておこう」 先程までの暗い雰囲気は微塵も感じさせない。 おかしなこともあるもんだ……と内心笑みをこぼしながらアリューゼはゆっくりと立ちあがった。並べばややアリューゼの方が高い背丈。 「……ヴァルキリー」 視線は彼女をとらえてはいない。眼下に広がる雄大な景色を眺めたままアリューゼが呟くように告げた。 「―――なんだ?」 独り言のように発せられた彼の言葉に返事をするべきか……。ヴァルキリーは少々間を開けて口を開く。合槌のような返事にアリューゼは素直に笑っておいた。 「…………今の俺に迷いはないぜ」 「…………?」 「戦いこそが俺の道……それは今も変わんねぇよ」 だれに告げるわけでもないようなアリューゼの言葉の真意を捉え切れずにヴァルキリーは沈黙を保った。 アリューゼはそんな彼女に気づいて、自嘲気味に笑う。ようやくヴァルキリーの姿を視界に納め、見下ろしながら口元をにやりと吊り上げた。 「……信用してるぜ。………他のだれでもない、俺に道をくれたレナス・ヴァルキリー、な」 意地の悪い表情を残しながらも彼の態度は明るい。迷いはない…と断言できるだけの信用を置ける相手が共にいるのだから…。 「―――だと思ったよ」 ふふふっ……と軽く微笑むヴァルキリー。 背中を任せられる相手というのも悪くないかもしれない。 これから先、どんなに過酷な戦いの日々が待っていようとも己が信じる限り、自分は負けることはない、と。 アリューゼは確かにそう感じていた。
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